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「ノルマではなく「パッション」を表現するミュージシャンとの出会いが幸運だった」
うんうんとうなずいてしまいました。
ということで、このブログでは毎週日曜日 午後2時からTokyo FMをキーステーションにオンエアされている山下達郎さんのサンデーソングブックの一部を文字お越ししています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。
※本記事の画像は生成AIを使用して作成しています。
冒頭
達郎氏:
みなさんこんにちは、ご機嫌いかがでしょうか。山下達郎です。
毎週日曜日午後2時からの55分間は、私山下達郎がお送りいたします、楽天カード
サンデーソングブックの時間であります。
東京FMをキーステーションといたしましてJFN全国38局ネットでお届けしております。
5月24日、だいぶ5月も押し詰まってまいりました。
私、今、曲書きの真っ最中で、「JOY 2」の選曲が一段落してミックスに入ろうかと言いながら、曲書きで追われております。
デモ出さなきゃならないので、一生懸命やっておりますが。
体が、逆に動かせないので、なんか肩凝りとか、そういう肩凝らないんですけど、なんか体が硬くなるというか。
少しウォーキングとかしなきゃならないんですけども。
なんか頭の中が、うぇ~となっておりますが。
ブツブツ言ってないで、はい、すいません。
がんばってやっております。
健康状態は別に悪くないんですけども、その脳みそがですね、ウニになっておりますね。一生懸命曲書いております。
でも、そうやってオファーがあるだけ、本当にありがたいという今日この頃であります。
で、先週も申し上げましたけれども、ベーシストの田中章弘さん、
私も本当にたくさん一緒に仕事をしましたけれど、
先日お亡くなりになりましてですね。
享年71歳。
今の時代ですと、まだまだお若いという、そういう訃報でございます。
田中くんは本当に50年近く前からの付き合いであります。
で、レコーディングもですね、たくさんやってもらいました。
本当に上手いベーシストなんですが
いわゆるスタジオミュージシャンという仕事の流れよりはちょっと違う、ライブよりの活動ですのでですね。
あんまり、なんか、すごくどっかで特集やるのかなと思ったら、どこもしないんですよね。
じゃあ私、あの自分の、あの田中章弘くんとの関係性の中での仕事だけでもですね、お届けしようと思います。
なわけで今日は「極私的 田中章弘追悼」と題しまして、私の仕事を中心にですね、彼の歴史をですね、辿ってみたいと思います。
ですので実質的には、なんか自分の特集みたいになってしまっておりますけれども。
思い出などを色々盛り込みつつ、お聴きをいただきたいと思います。
日曜の午後のひととき、本日は、素晴らしいベーシストでありました田中章弘さんの素晴らしいプレーをですね、ご堪能いただきたいと思います。
お知らせ挟んで始めたいと思います。
~ CM ~
ザ・ディランIIとハックルバック
達郎氏:
山下達郎がお送りいたしておりますサンデーソングブック。
というわけで本日は、ベーシスト田中章弘さんの追悼特集をしてみたいと思います。
田中くんは1954年の9月の生まれでありますので、私と学年が2つ下であります。
この世代のですね、関西のミュージシャンを語る上で欠かせないものがですね、「ディラン」という喫茶店であります。
この「ディラン」という喫茶店に集まった仲間がですね、その後グループ化しましてですね、色んなレコーディング、それから色んなシンガーのバック、そういうようなものでですね、活動を活発化させております。
ほとんど全ての、人たちがここから出てきてると言っても過言ではございませんが。
田中くんもこの「ディラン」という喫茶店に入り浸っていくうちに仲間ができてですね。
で、ここから生まれたグループが「ザ・ディラン」という、まさにその名前ですが。最初は西岡恭蔵さん、それから大塚まさじさん、永井 洋さん、この3人でやってたんですけども、西岡恭蔵さんがソロになりまして、「ザ・ディランII」という名前で、大塚まさじさんと永井 洋さんのこの2人でですね、レコードを発表する。
こんな中で、田中くんもこのバッキング・ミュージシャンとしてですね、活動を始めます。
で、私はちょうどシュガー・ベイブを、やっている時代で。
彼らがですね、東京に来た時に一緒にライブハウスで活動を、したことがあります。
その時は「オリジナル・ザ・ディラン」という名目で、リズムセクションが佐藤博さんのキーボード、それから石田長生さんのギター、それで田中くんのベースで、林敏明さん、トンちゃんって言いますが、林敏明さん。
この4人のリズムセクションにですね、西岡恭蔵さんとか、大塚まさじさんとか、それから、上田正樹さんとか、ある時はそういうような色んな人がですね、ごったに、あの乱入しまして、それでセッションを繰り広げるという、そういうような形だったんですけども。
ちょうどシュガー・ベイブでこのユニットと一緒になりまして。
私はめちゃくちゃショックを受けましてですね、日本にこんな連中がいるんだという。
特にギターの石田さんと、それから、あのキーボードの佐藤博さんのもうその超絶プレーにですね、あっけに取られまして。
一晩寝られなかったという、1974年の話ですけれども。
この時にすごく田中くんが印象がありまして、名前を覚えました。
この時代に大塚まさじさんと永井 洋さんのクレジット「ザ・ディランII」のアルバム「この世を悲しむ風来坊に捧ぐ」というアルバムが出ておりますが。
ここの、1曲目に入っております西岡恭蔵さんの作品、「僕の女王様」。
これがその佐藤博、石田長生、田中章弘、林敏明のリズムセクションに、これに「ウエストロード・ブルース・バンド」の塩次伸二さんが入ってる、あの素晴らしい、トラックがあります。
これをまずはお聴きをいただきましょう。1974年の「ザ・ディランII」、「僕の女王様」。
♪ 僕の女王様 / ザ・ディランII
達郎氏:
「ザ・ディランII」、1974年の「僕の女王様」でございましたが。
エンディング近くになって田中章弘くんのベースソロがちょっとだけ聴けます
達郎氏:
この関西のグループ、「ディラン」というコーヒーショップを媒介にしたグループ。
ここからですね「春一番」って大阪のイベントが生まれます。
そんな中で色んな人が出演してるんですけども。
この「ディランII」のレコーディング、それからライブ、そういうもののですね、このメンバーに目をつけたのが、はっぴいえんどのメンバーでありました鈴木茂さんでありまして。
ではっぴいえんどの解散をした後にですね、佐藤博、そして田中章弘、そして林敏明という、このキーボード、ベース、ドラムをスカウトしまして「ハックルバック」というグループを結成します。
それでライブを重ねるんですけども。
結局、あの1年足らずで空中分解してしまうんですけども。
ですので、オフィシャルのレコーディングが残ってなくてですね
ライブのカセットがCD化されてるんですけども
音がとっても悪いんですが
これは田中章弘くんにとっては重要なモーメントなので
1975年の5月15日、京都会館でのライブ、ハックルバックのライブであります。
音悪いのをご勘弁ください。
「Snow Express」
♪ Snow Express / 鈴木茂とハックルバック
達郎氏:
75年5月15日、京都会館での鈴木茂とハックルバックの「Snow Express」。
鈴木茂さんのアルバム「BAND WAGON」に入っているインストでありますが
エンディング近くになって田中章弘くんのベースソロがちょっとだけ聴けます。
このメンバーでの初セッション
達郎氏:
こんな感じで、彼は活動しておりまして、
私もシュガー・ベイブと同時代なのでよく一緒になっておりまして、
上手いベースだなと、思っておりました。
で、シュガー・ベイブ解散してですね、ソロになりまして、
レコーディングメンバーをどうしようかなと、思っていた時に、「セカンドアルバム」、「SPACY」、77年の私のアルバムですけれども。
いつも申し上げておるように佐藤博、松木恒秀、細野晴臣、村上“ポンタ”秀一という、このリズムセクションと、もう一個、田中くんと、それから上原裕、シュガー・ベイブのメンバーですけども。
で、ユカリ(上原裕)と田中章弘くんは、ほぼ、あの同い年でですね、
関西人でありますので、よく一緒にセッションをしておりまして。
それで、僕と、それから一番その当時仲良かったキーボードが坂本龍一さんだったので、坂本くんと、僕と田中くんと、ユカリと、この4人のメンバーでレコーディングをしまして。
これで、作ったのが「SPACY」というアルバムであります。
この、77年のアルバムでの記念すべき、このメンバーでの初セッション。
おなじみ「SOLID SLIDER」。
♪ SOLID SLIDER / 山下達郎
チョッパー・ベースの草分け
達郎氏:
77年の私のアルバム「SPACY」から、「SOLID SLIDER」。
いわゆるスラップと言います、今は。
昔はチョッパーって言ってましたけども、あのベースのああいう奏法ですが、田中くんは日本でのいわゆるチョッパー・ベースのですね草分けの、一人であります。
素晴らしい、インパクトであります。
で、この上原裕、田中章弘、坂本くんでしばらくレコーディングを、続けます。
78年になりましてもこのメンツで、レコーディングを続けまして、
78年の春にですね、シングルを出せと言われて、シングル用にレコーディングをしましたけれども、レコード会社がこれは売れないというのでボツられましてですね
その後、アルバム「GO AHEAD!」に収録されました。
これもおなじみ「PAPER DOLL」。
♪ PAPER DOLL / 山下達郎
達郎氏:
78年の、アルバム「GO AHEAD!」に入っております「PAPER DOLL」。
このレコーディングした後に「IT’S A POPPIN’ TIME」というライブアルバム出しますので、本当はこっちのレコーディングが先なんですけれども、
結果的に、その後に発売されました。
『GO AHEAD!』前夜:山下達郎を支えたリズムセクションの変遷
達郎氏:
個人史になりますが、シュガー・ベイブを解散した時に、
ドラムが上原裕、ユカリだったんですが、
で、ベースの寺尾次郎という、テラオくん。
この2人でレコーディングも続行しまして「ナイアガラ・トライアングル」はこの2人のリズムセクションで、それに坂本くんが入ってくれて「ナイアガラ・トライアングル」から「SPACY」に、のところはですね、例えばコマーシャルとかそういうのは全部このメンバーでやっておりました。
で、しばらくの間はですね、このメンバーで、76年の中頃までやってたんですけども。
寺尾次郎くんがベーシストから足を洗って学校に戻ってしまったので、ベースがいなくなってしまいまして。
それでセッションで一緒にやってた、田中くんが上手いんで。
で、あのユカリと田中くんだと、相性がいいので、声をかけてですね、それで「SPACY」のセッションに、やってもらいました。
ここからしばらく田中章弘、上原裕、坂本龍一、私という
これで、コマーシャルとかもやってたんですけども
坂本くんが、スタジオミュージシャンで売れまくってですね、忙しくなっちゃって。
それでYMOというのが出てきまして。
で坂本くんが、もう忙しくてですね、全然、あのダメで
どうしようかなと思っていた時に、やっぱりセッション仲間の難波弘之さんというですね、上手い人が出てきまして。
難波くんに声をかけて、じゃあ、っとメンバーをちょっとまた入れ替えてですね。
で、ギターは椎名和夫くんという、私の高校からの知り合いがですね、いましたので、この5人でですね、レコーディングをしようと。
それで、作ったのが「GO AHEAD!」というアルバムであります。
いつも言っておりますけれども「GO AHEAD!」というのはもう本当に、あの自分のキャリアの中では一番こう、どん底の時代でありまして。
多分もうこれでシンガーソングライターとしてのですね、アルバムは作るのは最後だなと思っていたんですけども。
この中からですね、大阪のなぜかディスコでめちゃくちゃかかってる曲があるという話を聞いて、なんだそれはつったら、それが「BOMBER」という曲だったという。
これももう、あの田中くんのベースがもうとにかく素晴らしい
これなしにはこの「BOMBER」という曲は語れないという
本当に運命というのはなかなかに面白いもので、あります。
1978年のアルバム「GO AHEAD!」からおなじみの「BOMBER」。
♪ BOMBER / 山下達郎
50年経って実感する、レコーディング・ライブメンバーとの出会い
達郎氏:
78年の、アルバム「GO AHEAD!」、おなじみ「BOMBER」でありますが。
私は大変幸運なことに、あのレコー、ソロになってからのですね、ライブで一緒にやったメンバーつうのは割と少ないんです。
ドラムは3人、ベースは4人。
レコーディングもほとんどそのメンバーで、やっておりますので
割とこう音がですね、こうばらけないで固まってると、本当に運が良い。
しかもみんな上手かった。
今聴きますと本当にこの「BOMBER」、素晴らしいグルーヴであります。
ライブにしろレコーディングにしろ、やっぱりミュージシャンを、こう、どういうミュージシャンとやるかという、そういう、ま、言ってみれば選球眼みたいなものがですね、問われますけれども。
本当にそういう意味では、あの時の人との出会いがラッキーだったという。
50年近く経ってですね、つくづくそう思います。
というわけで山下達郎サンデーソングブック、本日はベーシストの田中章弘さんの追悼特集、「極私的 田中章弘追悼」お届けしております。
お知らせ挟んで続きます。
~ CM ~
たくさんのお便り
達郎氏:
山下達郎がお送りいたしておりますサンデーソングブック。 ベーシストの田中章弘さんの追悼特集をお届けしております。
お便りもたくさんいただいております。
5月5日に亡くなったので、その後、リスナーの皆さんからお便りたくさんいただいております。
札幌市のY.Hさん。
『西岡恭蔵さんや大塚まさじさんのレコーディングに参加されていたので、私は達郎さんを知るよりも前からお名前存じていました。
加川良さんのレコーディングで鈴木茂氏と出会い、ハックルバックが生まれ、時代は大きく変わろうとしていました。
フォークからロックへ、ロックから都会的なポップスへ、その変化の中心にいたのが田中氏たちの世代で、田中氏たちの世代が今私たちが聴いてる音楽へと導いてきたと思います。曲の重心を決めてしまうベースを弾かれていた田中章弘氏のご冥福をお祈りします。
田中章弘氏の名前は知らなくても、この曲のスラップベースは誰でも知ってる、「BOMBER」リクエスト』という。
また長野県の上田市のT.Tさん。
『「GO AHEAD!」当時中1の私は毎日聴いておりました。
特に「BOMBER」がお気に入りでして、今でも達郎さんの作品の中で最も大好きな1曲です。リクエスト』
川崎市中原区のK.Hさん。
『私はコロナ前に初台のテイラーギター専門店のアーティストラウンジで田中さんのプレーを目の前で何度か拝見していました。残念です』という。
超常連の中野区のO.Eさんも。
『昨年の12月、そして今年の1月にもライブハウスでいつもの通り演奏されている田中さんのお姿を拝見していただけに、突然のニュースに本当に驚きました。謹んでお悔やみ申し上げます』
私のリスナーの方々もみなさん、いただきました。
本当に素晴らしいドラムとベースのコンビネーション
達郎氏:
で、本当に上手いベースなので
私のレコーディングからまた
やはり78年のアルバム「GO AHEAD!」の頭に入っております「LOVE CELEBRATION」。
これは元々、リンダ・キャリエールという、アメリカ人の、シンガーのアルバムを細野晴臣さんが手がけた時に書き下ろした曲なんですけども
それを自分でセルフカバーで、やりましたけれども
この演奏は本当に素晴らしいドラムとベースの、コンビネーションだと思います。
78年アルバム「GO AHEAD!」から「LOVE CELEBRATION」。
♪ LOVE CELEBRATION / 山下達郎
愛を描いて-LET’S KISS THE SUN-
達郎氏:
アルバム「GO AHEAD!」から「LOVE CELEBRATION」。
で「BOMBER」がですね、ヒットになったおかげで運命が変わりまして。
じゃあこのメンバーでツアーをやろうという、ソロで初めてまとまったツアーというのを始めまして。
79年ですけれども。
だったら新譜がいるだろうと。
シングルが必要だという。
で書いたのが「LET’S KISS THE SUN」という、シングルでありました。
これが入ったアルバムが79年の「MOONGLOW」という。
全面的にこの上原裕、田中章弘、椎名和夫、難波弘之、それで私と、この5人でレコーディングをしたアルバムでありまして。
ここからシングルカットしました。
これも、田中章弘くんのチョッパーがですね、今スラップ、はい、チョッパー、私の世代は・・・炸裂しております。
お陰様で今でも聴かれております。
「愛を描いて-LET’S KISS THE SUN-」。
♪ 愛を描いて -LET’S KISS THE SUN- / 山下達郎
達郎氏:
1979年のシングル「愛を描いて -LET’S KISS THE SUN-」でございました。
ノルマではなく「パッション」を:山下達郎が出会った少数精鋭の職人たち
達郎氏:
というわけで、田中章弘さん、本当に上手いベースプレイヤーでございました。
これも個人的な、あれですけれけれども。
私が一緒にやってきたミュージシャンはですね、厳密な意味でのスタジオミュージシャンという位置からはちょっと違う人たちばかりでありまして。
何と言いましょうか、こう・・・その日のノルマを淡々とこなしてスタジオ仕事でですね、こなしていくというよりは、もうちょっとそれにこうパッションを入れたいというか。
そういう、意図というか、自意識というかそういうものが強い人たちばかりとやれたのが本当に、あの幸運だったと思います。
皆さん素晴らしいプレーを、してくれましたですね、こちらも、刺激を受けました。
そういう意味で、そんなにそういう人たちは数が多くないので、あの先ほどドラムが3人で、ベースが4人と言いましたけれども、キーボードも4人、それからギターは5人、ライブはそれだけの、人間でこのソロになってから50年、やってきました。
そんなわけで、だんだんだんだん皆さん鬼籍に入られて、いきますけれども。
彼らの分までですね、残りの人生がんばりたいと、思っております。
で、田中章弘さんは、色んな仕事の、やってらっしゃいますけど、ユーミンのライブずっと長いこと、担当なさっておられました。
素晴らしいプレーをたくさん残されまして、心からご冥福をお祈りします。
これからも音、音楽はですね残っていきます。
彼の分までですね、我々でがんばっていきたいと思っております。
というわけで「極私的 田中章弘 追悼特集」でお届けしました。
最後はこの曲で。
この曲はチョッパーじゃないんですけど、
哀愁のある素晴らしいベースプレー。
「2000トンの雨」。
♪ 2000トンの雨 / 山下達郎
~ CM ~
クロージング
達郎氏:
お届けしてまいりました山下達郎サンデーソングブック、「極私的 田中章弘 追悼」特集でございました。 来週はまたリクエスト特集に戻ります。
今週ちょっと曲書き山なので、すいません。
がんばってやりたいと思います。
今日はちょっと前倒しで、撮っておりますので、なかなかの季節のこととか申し上げられませんが、また来週は直近なので、その時に。
山下達郎サンデーソングブック、来週もセイムタイム、セイムチャンネルで皆さんごきげんよう。さようなら。
今週のオンエア曲
14:07 僕の女王様 / ザ・ディランⅡ
14:12 スノー・エクスプレス / 鈴木茂とハックルバック
14:17 Solid Slider / 山下達郎
14:21 Paper Doll / 山下達郎
14:27 Bomber / 山下達郎
14:36 Love Celebration / 山下達郎
14:41 愛を描いて -Let’s Kiss The Sun- / 山下達郎
14:47 2000トンの雨 / 山下達郎



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