山下達郎50周年記念Sunday Song Book 増刊号2026年5月5日

山下達郎サンデーソングブック 
サンソン

福岡市内は、心地よい春の陽気に包まれました。

達郎さんの楽曲との出会いや想い出の話が深く心に染みた2時間プログラム。

ということで、このブログでは『山下達郎50周年記念Sunday Song Book 増刊号』の一部を文字お越ししています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。
※本記事の画像は生成AIを使用して作成しています。

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冒頭

達郎氏:

皆さんこんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。山下達郎です。
ここからの2時間は、JFNスペシャル2026 山下達郎 50周年記念
サンデーソングブック増刊号 Supported by 楽天カード、相変わらずJFNもののごっつい長いタイトルでございますが。
TOKYO FMをキーステーションといたしましてJFN全国38局ネットでお届けいたします。

私山下達郎、1976年にソロ・デビューしましてから50周年を今年迎えました。
昨年はシュガー・ベイブから50周年ですが。
その後バンド解散してソロになりまして以来50年、ずっとソロ・シンガーとして活動しておりまして。ソロ50周年。

ですので、今日はそれを50周年記念いたしましてですね、リスナーの皆様から頂いたお祝い、思い出、そうしたメッセージをたくさんご紹介しつつですね、私の曲をお届けしたいと思います。

いつもの日曜午後2時からのサンデーソングブック同様、今日も最高の音質でお届けをいたします。

いよいよゴールデンウィークもあと1日。
子供の日で昔は終わってたんですけど。
明日もあるっていうのは振替休日、どこまで休ませれば気が済むのか。
ゴールデンウィークもラストでございます。
まったりした方、それどころじゃない忙しい働いてるという方、いろんな方いらっしゃると思いますが。
今日は山下達郎ソングでどなたにもお楽しみいただこうと思います。

私の毎週日曜午後2時にお届けしておりますサンデーソングブック
もうすぐ34周年を迎えますけれども。

そっちの方ではですね、基本的にはお葉書だけ、そして本名という形でお願いしております。今ほとんどの番組メールですけども、メールだともうとにかく処理能力が全く、全部読ませていただいてますので、処理能力が全く追いつかないので、葉書だけということになっておりますけれども。

こちらのほうは増刊号というところでですね、今日はメールで、ラジオネームで、ご紹介したいと思います。

でもこのラジオネームというアレはですね、果たしてこう、ご紹介した人が「あ、俺だ」とか「私だ」とかわかるんでしょうかね、これ。
なんかそういう本名じゃなくてわかるのかなというそういう感じもありますけど、まあわかるんでしょう。

それはともかく(笑)。

そういうわけで、ソロ・デビュー50周年。2時間お楽しみいただきますが。
アルバム「サーカス・タウン」、1976年、私が23歳の時に作ったアルバムです。
ニューヨークとロサンゼルスでレコーディングをいたしまして
よもやですね、50年後にこうやってそれをかけているとは、その時は夢にも思っておりませんでした。
ありがたいことでございます。

静岡県の「ヒップホップランナー」さん。

『達郎さん50周年おめでとうございます。
「サーカス・タウン」のレコード手にした時のジャケットに圧倒され、針を落とした時の衝撃。50年経った今でも19歳の自分が目に浮かぶような当時の記憶が蘇ります。
以来達郎さんの音楽と共に今の自分があります。
これからも後を追わせてもらいます。』

ありがたいお便りです。

北海道のナガミチさん。
このナガミチさんというラジオネーム、どう読むのか……(笑)。

『大学1年の時にS君という友達の家で聴いた「サーカス・タウン」で衝撃を受けて、その帰り道でアルバムを購入して以来のファン歴50年選手です。』

S君元気でしょうかね。ありがとうございます。

東京都はMさん、64歳。

『40年以上の達郎さんファンです。
実名に抵抗がありサンデーソングブックにはお葉書を送りませんでしたが、良いチャンスなので今年で定年を迎えるにあたり初めてリクエストします。

ニューヨークサイドのミュージシャンは達郎さんが自ら選ばれたとのことですが、ギターのジョン・トロペイ、ベースのウィル・リーはどのレコードをお知りになったのですか。デヴィッド・T・ウォーカーやレイ・パーカー・Jrと違い、特にジョン・トロペイはあまり歌物に参加していないように思えます』。

ジョン・トロペイはローラ・ニーロのアルバムですね。
ウィル・リーは結構色んなとこでやっておりました。

『昔は定年は60歳でしたが、今は徐々に65歳になりつつあります。
ありがたいといえばありがたいのですが、体力的にきつい場面も出てきております。
とはいえ、今の若い方々の為にも年寄りが働き続けて、少しでも負担をみんなで分け合わなくてはならないのでしょう。
70歳過ぎてもバリバリと現役で働かれている達郎さんを励みに、私も定年後も働き続けます。』

素晴らしいお便りであります。

今回本当にたくさんメール頂きましたのでですね、普段あまり私物事に感動しない質なんですけど、なんかグッと来るお便りたくさんございました。
1枚でも多くご紹介していきたいと思いますが、「サーカス・タウン」。
他に愛知県のHさん、滋賀県のLさん、千葉県のFさん、ほかたくさんの方々からリクエスト頂きました。
1976年私のファースト・ソロ・アルバム「サーカス・タウン」、タイトルソングの「CIRCUS TOWN」。

♪ CIRCUS TOWN / 山下達郎

~ CM ~

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全国ツアーとRIDE ON TIME

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、山下達郎 50周年記念 サンデーソングブック増刊号。

愛媛県のM.Sさん。名前だ。ラジオネームじゃない。

『達郎さん初の松山市民会館ライブ、45年前(?)に行きました。
音楽に対する真摯な姿、レコードと全く同じ、ひょっとしたらそれ以上のクオリティ。
この人妥協していない、他の人と違う。
迷いの中にいた二十歳の若造なりに、やりたいことをやっても良いんだと納得しながら帰路についたのを覚えています。
あれから私なりに何とかギリギリまで妥協せずに来たかな。
達郎さんもお体に気を付けてマイペースでご活動ください。』

「RIDE ON TIME」がヒットして全国ツアーができるようになりました。
その最初の松山市民会館。
松山市民会館なくなっちゃうんですよね。もったいない、本当に。
いい街です松山。
おかげさまでこっちも50年続けてこれました。

兵庫県の「バズ」さん。
この方も初めてのお便りだそうです。

『私が初めて達郎さんの音楽を聴いたのは17歳、高校3年生の時でした。
とりわけ印象に残っているのは試験勉強の時間です。
夜中に起きた朝まで必死に勉強し、そのまま学校へ行って試験を受けていました。
私の部屋は東向きで大きな窓があり、朝日が昇ると決まって窓を全開にし、「RIDE
ON TIME」を大音響で流しながら勉強したぞという達成感に浸っていたものです。
試験の結果は決して誇れるものではありませんでしたが、今となってはかけがえのない青春の思い出です。』

東京都のUAさん。

『小学生だった私が初めて自分でお金を出して買ったレコードが「RIDE ON TIME」です。以降気分の良い時はもちろん、後ろを向きたくなる時も下を向きたくなる時もこの曲で励まされてきました。
最近乳がんが見つかったため手術をします。
不安ですがこの曲に甘えたいと思います。
どんな時もそっと寄り添ってくれる親友のような存在です。』

お大事に。
ご快癒をお祈りしてます。

ほか、たくさん頂きました。
滋賀県の「パパミッツ」さん、
愛知県の「(Y)」さん、
東京都の「テイクオフオンタイム」さん、
愛媛県の「ミスターロンリー」さん、
山形県の「かっち名人」さん、
広島県の「かずちゃん」さん、
神奈川県の「あけびの弟」さん、
宮城県の「ポテト屋さん」さんなど、たくさんの方リクエスト頂きました。
ソロ・デビューから4年でようやくヒットが出ましてですね、ようやく人並みに活動ができるようになりました。
記念すべき1980年の、おなじみ「RIDE ON TIME」。

♪ RIDE ON TIME / 山下達郎

ウォークマンとカー・ステレオ

達郎氏:

私の1980年のシングル、そしてアルバムのタイトルソングでもあります「RIDE ON TIME」。ソロ・デビューから苦節4年で、いわゆる売れないミュージシャンからですね、ようやくこっから運命が変わりまして。

でもよもや、この「RIDE ON TIME」をですね、80年ですから46年前のシングルでありますけれども、未だにラジオでかかっているというのはですね、驚くべき……そんなはずじゃなかったというか、ありがたいアレですよね。

群馬県「ダンディ直樹」さん。

『小6の夏にボーイスカウトのキャンプで神津島に行きました。
船に乗り12時間ぐらいで着いた時に、何かのラジオ番組でかかっていたのが達郎さんの「RIDE ON TIME」でした。

島に着いた喜びと斬新な曲で一瞬で好きになりました。
それから達郎さんの曲を聴くようになり、オーディオにも凝り始めました。
ナカミチのカセットデッキとか(笑)。』

ナカミチのカセットデッキ難しいですからね、選びますから機材。
神奈川県の「イラキスナ(I)」さん。逆に読むと「ナス嫌い」か、これ。

『「RIDE ON TIME」は私が初めて買った達郎さんのレコードです。
当時流行っていた「夏だ、海だ、達郎だ」の謳い文句に見事に乗っかり買った1枚です(笑)。
しかしこの1枚がきっかけになり、達郎さんの音楽にどっぷり浸かり、そしてここ数年は自分が楽しむだけでなく、達郎さんの音楽がどれほど素晴らしいものか熱く語り、同僚や後輩に達郎さんの音楽を聴きコンサートに行くことを奨励する活動に励んでいます。
達郎さんの音楽は永遠です、いつまでも聴き応援し続けます。』

ありがたいお便りでありますが
当時はですね、1980年前後はウォークマンが出てきまして
それからカー・ステレオですね。
車に割とカセットの高性能のオーディオ機器が積めるようになった。
ウォークマンとカー・ステレオというのが音楽をアウトドアに持ち出した時代であります。

で、ウォークマンは特に小さく、コンパクトですので
それまでは音楽は家でステレオセットの前に座って聴くか、家でヘッドフォンで聴くか、そういうようなモードだったのがアウトドアになりましたので、こういうようなですね「神津島でかかってる」とかそういうような時代になりまして。

その、まあ、時代のちょうど「RIDE ON TIME」から始まりまして全国ツアーをやっていて、いつのまにか言われるようになったのが「夏だ、海だ、達郎だ」という、いわゆるアウトドア・ミュージックと言いましょうかそういう。
今何か言われております「シティ・ポップ」というのに繋がるアレですけど。

それまでの音楽に比べてですね、リバーブが深い、ですので、まあ、エコーが風が吹いていると言いましょうか、そういうような音楽だったのが、そういうものに合ったんですね。

その時代の作品ですが

神奈川県のMさん。

『20歳の頃バイト仲間と海へ向かう車の中で「Sparkle」が流れていました。
後部座席に座っていた私は、ふと斜め前にいる男友達の横顔に目を奪われて、歌うその姿に気づいたら恋に落ちていました。

瞬間から何気ないバイトの毎日が少しキラキラして見えるようになって、今思い返すとあれが私の甘くて大切な青春の1ページだったな、なんて思います。
残念ながら恋は実らなかったけど、今でも鮮明に思い出されます。』

音楽というのは正に生活の対象化であります、
こういう思い出と共にあると。

千葉県の「鈴やん」さん。

『当時は車の中で音楽を聴くというと、ラジオか8トラックか、音の悪いカセット・カーステレオでした。それがカーステレオにもコンポーネントが出て音質が画期的に良くなりました。
私の車にも念願のカーコンポが付き、最初に聴いたのがレコードからカセットへ録音した「FOR YOU」のアルバムでした。

その1曲目のイントロにぶっ飛んだ記憶は今も色褪せてません。
カッコいいギターカッティングと音質の良さはカルチャーショックでした。
今こそ当たり前に音質の良い音楽を楽しめますが、ウォークマンやカーコンポは当時本当に画期的でした。』

その通りでございますね。

私もカーコンポでですね、一生懸命色んな音楽聴きまして。
ライブツアーはウォークマンに、アナログ、まだCD出てませんから、アナログのLPを録音しましてですね、それを朝から晩まで聴いておりまして。
まあそれが自分の音楽体験の基礎になっております。

たくさんリクエスト頂きました。
千葉県のKさん、
新潟県の「ハザード」さん、
大阪府の「和三盆」さん、
茨城県の「マタサブロウ」さん、
栃木県の「小薬昭人」さん、
愛知県の「鈴男」さん、
福岡県の「ミモザ」さんなど、ほかたくさん頂きました。

ラジオネームばっかり頭に残りそうな感じがしますが今日は(笑)。
1982年に出ましたアルバム「FOR YOU」1曲目のおなじみ「Sparkle」。

♪ Sparkle / 山下達郎

自前のリズム・セクション

達郎氏:

山下達郎 1982年のアルバム「FOR YOU」から「Sparkle」、おなじみの1曲でございますが。

先ほど申しましたけれども、
この時代は音楽をアウトドアに持ち出すというそういう時代だったんですけど、
そういうものに合致する音楽っていうのは、いわゆるこう、やっぱエコーの中に風が吹いてるとかですね、そういう、あとあまり言葉に具体性がないとか、そういうようないくつかのファクターがあるんですけど。

なんで「RIDE ON TIME」とか「FOR YOU」が今でもですね、それほど古びた感じがしないかと自分で考えるんですけど
当時の音楽はですね、特に日本の音楽は、ほとんどがスタジオミュージシャンの手を借りて作られた音楽で。
ですので、ミュージシャンがどこも似たような人たちがやってるんですけど、私はそれがあんまり好きじゃなくてですね。

「RIDE ONTIME」以降は自分の自前のリズム・セクションをですね、使ってレコーディングもライブもやりたいというそれを、まあ、始めまして。
ですので割と何て言うんでしょうかね、差別化と言いましょうかそういうような形で作られていくことができたんで、今聴いてもですね他の同時代の音楽とちょっと違う響きがするので、そういうの、割と古びないのかなと、そんなようなことを自分で思っております。

東京都の「さしすせその親父」さん。

『我が家には高1の達郎フリークリスナーがいます。
昨年NHKホール公演で人生初ライブを体験して以来、完全にスイッチが入り、先日のSGCホール有明のこけら落とし公演で2回目の参戦となりました。

ギターのカッティングが始まると自然に体が揺れ、伸びやかな歌声に親子でノリノリ、
世代を超えてこんなにワクワクできる時間を共有できるなんて音楽の力ってすごいですね。』

ありがたいお便りでございますが(笑)。
2000年代にですね、何て言うんでしょうかね、レコードの活動っていうのが、レコードの売り上げっていうのがどんどん落っこちてくる時代だったので。

その先はどうやっていこうかなと思って、ライブで生きていこうと。
それから18年ライブやっておりますけれども。

18年間ずっとツアーを続けてきたおかげで、何て言うんでしょうかね、昔からのリスナーの方も、それからその息子さんとかですね、お嬢さんとか、そういう方々も聴く機会というものがあったので、それがまあ良かったのかなとも思います。

いろんなファクターがありますが。
でも全ては支援していただいたリスナーの方のおかげですね。

こんなもんで終わると思ったら大間違い!

達郎氏:

滋賀県のMさん。

『いつか有名になって「座右の銘は何ですか」と聞かれた時に、JOYのMCで言われた「こんなもんで終わると思ったら大間違い」と答えたいと思いますが、許可してもらえますか(笑)。
あくまで有名になったらという仮の条件です。
こんなこと聞いてどうすると言われるかもしれませんが、事あるごとに人生の指針なんかを聞き返されたりすると必ず「こんなもんで終わると思ったら大間違い」と言っています。相手は不思議な顔をしますが私は至って真面目です。
確かに私の人生の一本の筋となっています。』

すごいなあ(笑)。どうぞいくらでも使ってください。

JOYのその時は多分30代ですからですね、まだ「こんなもんで終わると思ったら大間違い」というそういう時代ですね。
この歳になっても「こんなもんで終わると思ったら大間違い」と言いたいですね。

私を音楽活動に導いたきっかけの曲といっても過言ではありません

達郎氏:

お次のリクエスト。

大阪府の「クアトロース」さん。

『達郎さんの曲を好きになったのは高校2年の頃。当時お付き合いしていた人にカセットをいただいてから(笑)、すっかり達郎さんの曲に魅了され、いつも私のそばに達郎さんの曲があります。
カセットに入っていたのはアルバム「MOON GLOW」。
聴いた瞬間から心を奪われた次第です。
ちなみにですが結局テープをくれた彼とはその後いいお友達で終わってしまいましたが、カセットテープは擦り切れるほど聴き、達郎さんとの出会い今でも感謝しております。』

なかなか。なかなか(笑)。

東京都「アブアブ」さん。

『仙台で大学受験の浪人生活を送っていたある日、スーパーのBGMでこの曲が流れてきました。初めて聴く歌声とリズム、その瞬間頭から離れなくなり、大学入学したらバンドで達郎をやろうと決めました。
あれから47年後の今年3月にサラリーマンを卒業しました。
4月には大学の軽音サークルOB会で達郎をやります。
私を音楽活動に導いたきっかけの曲といっても過言ではありません。』

広島県の「ウチポンタ(U.P)」さん。

『大好きな有名人はアントニオ猪木、田村正和、山下達郎。
人を引き付ける魅力、自分の信念を感じることができるパーソンです。
達郎さんこれからも元気でお願いします。』

一緒にされちゃった(笑)。

ほか、千葉県のKさん、
愛知県のNさん、
東京都は練馬区の「きんちゃん」さん、
福岡県の「くにちゃん」さん、
滋賀県の「ミスターT」さん、
秋田県「ハッシー」さん、
熊本県「ミントK」さん、
神奈川県「菜緒子」さんなど、たくさん頂きました。
1979年の私のオリジナル・フォース・アルバム「MOON GLOW」から「永遠のFULL MOON」。

♪ 永遠のFULL MOON / 山下達郎

~ CM ~

地獄のような日々を救った一曲

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、山下達郎 50周年記念 サンデーソングブック増刊号。
私山下達郎のソロ・デビュー 50周年の2時間特番でございます。
リスナーの皆様からの思い出のメッセージご紹介しつつですね、私山下達郎の曲をお届けしております。
本当に皆様の生活の、思い出が滲み出てるという、そういう感じでございます。

お次は神奈川県のT.Cさん。

『入社当初から先輩の強烈なパワハラを受け続け、地獄のような日々を過ごしてる中で、唯一の救いは週末の彼女とのデートでした。
彼女と品川埠頭をドライブしていた日曜日の夕方、徐々に休みが終わりに近づき、気持ちが塞いでいく中で、彼女の励ましの言葉と共にラジオから流れてきたのが達郎さんの『マーマレイド・グッドバイ』でした。
時この曲を聴きながら、車のウィンドウから見えたオレンジ色の夕日は、今も忘れられません。当時彼女であった妻とは、共に幸せな還暦を迎えることができました。
妻への感謝を込めて『マーマレイド・グッドバイ』お願いします。』

ええ話や。

達郎氏:

愛知県のAさん。

『1988年、世の中が華やいでいた頃に出会ったこの曲。
アルバムで繰り返し聴いた日々を思い出します。
当時は派手なものに目を奪われがちな私でしたが、達郎さんの作る繊細でどこか切ないメロディは、ずっと私の心の一番深いところに居座っていました。
この曲を聴くと、恋に仕事に悩みながらも、頃の自由奔放で好き放題にしていた自分を思い出して懐かしくなります。』

すごいなぁ。
渋いところのリクエストいただきましたが。
1988年の私のアルバム『僕の中の少年』に入っております『マーマレイド・グッドバイ』。

この『マーマレイド・グッドバイ』という歌はまあ、内容としてはそれほど明るい歌じゃなくてですね、現状に満足できない男が、飛び出していくという、そういうあれなんですけど。

私の好きな映画で『ファイブ・イージー・ピーセス』という、ジャック・ニコルソンとカレン・ブラックの映画がありますが、その、そういうところからインスピレーション受けまして作った曲ですが。
こういうようなですね、聴いてくださる方の、そういう何ちゅうか、個人的なあれとこう、オーバーラップすると言いましょうかですね。
そういう、ああ、なるほどなあっていう、自分が作った歌がこういう具合に聴かれてるんだっていう、そういうの、こういう機会じゃないと分からないですね。

北海道のY.Tさん。
神奈川県のK.Tさん。ほかたくさんいただきました。
1988年の私のアルバム『僕の中の少年』から『マーマレイド・グッドバイ』。

♪ マーマレイド・グッドバイ / 山下達郎

色が見えないと音楽面白くないので

達郎氏:

今日のこれ選曲がアレだな、山岸君のディレクターの趣味がかなり反映されているな、これ。

岩手県の「蒼色」さん。

『達郎さんの音楽は、音色から情景が思い浮かぶところが好きです。
都会的な雰囲気や海外のフリーウェイ、「これはどの季節の風かな?」「夕暮れの空の色はどんな温度かな?」と想像してしまいます。』

あまり言葉に具体性を持たせないっていうか、色が見えないと音楽面白くないので。
スタジオが見える音楽じゃなくて、何て言いますかミクロコスモスと言いましょうかですね、その音の中に風景とか景色とか情景とかが浮かんでくるのが好きなので、そういう音楽が自分も聴いて好きなので、自分もそういう音楽を作りたいなと思ってます。

いわゆる部屋の中で一人でこうあれするとかそういう情景が浮かぶようなものをなるべく作らないようにというそういう風に思っております。

神奈川県の「シーサイド」さん。

『長年にわたり聴いていますが、初めて便りを書きます。
自分は1975年に卒業と同時に浪人生という周りの目を気にする生活がスタートしました。
勉強には身が入らず、やりたいこともなく、なんとなくダラダラした時間を過ごしていました。
歌舞伎町の路地の奥の奥のお店で達郎さんの曲を聴き、暗い自分にスッと染み込んでいるサウンドに感激して、初めて渋谷のジァン・ジァンの扉を押しました。』

渋谷のジァン・ジァン、ライブハウスですね。

『申し訳ないですが少し埃っぽくて湿気を含んだような空気に初めは「えっ」と思ったことを思い出します。』

私たちのせいじゃありません、店のせいです。

『暗い一年であろうところを達郎さんや大貫さんらの歌に触れ、毎月のライブが待ち遠しいと思える楽しい時期にしてもらえて本当に嬉しかったです。』

ということはシュガー・ベイブがレコードデビューする前から聴いていらっしゃる方ですね。

『今まで50年以上達郎サウンドで楽しく人生を送ることができている、転機となった一年。音楽に会えて本当に感謝しています。
1975年にジァン・ジァンでのライブの終わり頃によく演奏されたと記憶していますが、「Windy Lady」をリクエストします。』

いやぁ、青春の悩みが滲み出てるお便りですね、ええ。

「Windy Lady」は元々シュガー・ベイブで演奏してた曲なんですけど。
シュガー・ベイブでレコーディングする機会がなくてですね、ソロのアルバムに、サーカス・タウンのアルバムに入れました。

ですので、ニューヨークでレコーディングしたバージョンとシュガー・ベイブの演奏バージョンが随分違うものなので、長らくステージでやってなかったんですけど、今のメンバーになってシュガー・ベイブのオリジナルアレンジでですね、再現してずっと演奏しておりますので、だいぶ認知度が増してきました。

シュガー・ベイブというバンドがですね、初めは割とミドル・オブ・ザ・ロードのポップな感じでやってたんですけど、当時のやっぱ日本のフォーク・ロックっていうのは割と激しいものが好きなのと、あと乗れる音楽じゃなきゃダメだというそういうようなのもありましてですね、そういうものにやっぱ対応していかなきゃなんないってんで作ったのが「Windy Lady」、これが最初でした。

そっからいわゆるちょっとR&Bっぽい路線、ファンキーな路線に少しシフトしていく、それの最初の作品です。

埼玉県「ダースベイダー溝井」さん。

『50年前商店街のレコード屋さんの前を通った時「Windy Lady」が流れていた。
「何このカッコいい曲、誰だ? え、日本語だ、日本人?」 店内に駆け込んで、今も流れている曲は誰ですかと店員さんに聞いたのを鮮明に覚えています。』

兵庫県の「三輪素麺」さん。

『ソロ50周年おめでとうございます。
いつも達郎さんのラジオを楽しみに聴いております。
昨年は残念ながらライブに行けなかったので、今年こそは9歳の息子を連れて行きます。息子の好きな「Windy Lady」をリクエストします。』

私、小さいお子さんに受けるんです、昔から(笑)。

東京都の「静かの波」さん、
東京都「そりたか」さん、
静岡県「(T.M)」さん、
愛知県「三勝メープル」さん、
広島県「ゴールデンタイム」さん、
福岡県「ジタン」さん、ほかたくさんたくさん頂きました。

「Windy Lady」ですが先ほど申し上げましたみたいに、今はシュガー・ベイブのアレンジでそのまんまでやっております。
せっかくですので先月、4月12日SGCホール有明でのライブ音源をお聴きを頂きます。PAアウトですけれども、よろしく。「Windy Lady」。

♪ Windy Lady(Live / ‘26.4.12 SGC ホール有明) / 山下達郎

~ CM ~

こういうお便り受けたことあんまりありません(笑)

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、山下達郎 50周年記念
サンデーソングブック増刊号。
私ソロ・デビュー50周年を記念しまして、本日は特番、2時間特番やらせていただいております。
引き続きリクエストにお応えして参りたいと思います。

千葉県の「ケースケ」さん。

『高校生の頃、夜中にラジオを聴くのがちょっとした楽しみでした。
ある日、テスト前で焦っているはずなのに、達郎さんの曲が流れてきた瞬間「まあいいか、今はこれをちゃんと聴こう」と完全に勉強を放棄した夜がありました。
結局テストはそれなりの結果でしたが、不思議と後悔はなくて。
時間は正しかったなと今でも思っています。
頃からずっと達郎さんの音楽は、何かをやめてでも聴きたくなる時間をくれる存在です。これからもそんな音楽を届けてください。』

なんか逃避の言い訳みたいな世界になってますが(笑)。

千葉県の「キャットタワー」さん。

『この曲のようなシチューションには全く縁がないのですが、なぜか車を運転しているとふとメロディが浮かんできます。
特に西日に向かっている時には必ず。
その上、自分が夕焼けの砂浜にいるような錯覚が起こります。夕焼けの砂浜だなんて一度も行ったことがないのに、曲と映像の不思議な感覚が起こる一曲です。』

千葉県なのに海行ったことないのかな、わからないな。

群馬県の「松本ボンボン」さん。

『1983年に結婚しましたが、その時のプロポーズは「潮騒」1曲だけ録音したカセットテープを妻に渡すというものでした。それが良かったのかどうか分かりませんが、何とか結婚でき気が付けばもう42年も経っております。今思い出すと恥ずかしいの一言で、あまりに恥ずかしいので達郎さんのライブ以外では聴かないようにしております。想像しただけでとても恥ずかしいです。追伸、達郎さんのライブには可能な限り妻と行っております。』

しかし(笑)、今日のお便り何と言いましょうかですね、皆さんそれぞれにですね、すごくなあ、ロマンチックと言いましょうか、あと言いましょうかですね、なんか素敵な青春の思い出って感じ。
あんまり私今までこういうお便り受けたことあんまりありませんよ(笑)。
なんかすごいなあ。

たくさん頂きました。
大分県の「ミッキー」さん、
東京都の「サトハルコル」さん、
大阪府の「さくら」さん、
京都府の「やす」さん、
滋賀県「のりのり」さん、
長野県「のぶ」さん、
福岡県「虹色」さん、
栃木県「くんぴ」さん、
高知県「哀愁のジョニー」さん、
富山県「リリママ」さん、すごいなこれ、たくさん頂きました。
1978年の私のサード・アルバム「GO AHEAD!」に収録されておりますおなじみ「潮騒」。

♪ 潮騒 (THE WHISPERING SEA) / 山下達郎

~ CM ~

♪ HAPPY HAPPY GREETING / 山下達郎

初メッセージ

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、JFNスペシャル 2026 山下達郎 50周年記念 サンデー・ソングブック 増刊号、supported by 楽天カード。

東京FMをキーステーションといたしましてJFN全国38局ネットでお届けしております。

私のソロデビュー50周年お祝い、そしてリスナーの皆様の思い出の曲、メッセージを紹介する特別番組です。後半に入ります。

お聴きをいただきましたのは、私の2002年のアルバム「RARITIES」に入っております「Happy Happy Greeting」。
リクエストいただきました愛知県のたんぽぽサラダさん。

『ライブで偶然自分の誕生日だったので曲を聴いてとっても嬉しかったです。
達郎さんの作る曲は前向きで楽しいです。
いつもありがとう、これからもよろしくお願いします』

こちらこそ。

山口県のタカタかさん、

『初メッセージを送らせていただきます。』

流石にメールだと初の方が多いですね。

『ソロデビュー50周年本当におめでとうございます。
毎週日曜日にサンソンを聴き始めて10年以上が経過し、達郎さんの温かい声と音楽は私にとって宝物だと感じています。
これからも体ががんばれる限り応援し続けます。』

神奈川県のななすけさんからもリクエストいただきました「Happy Happy Greeting」。
このあとも引き続きリスナーの皆様からのメッセージご紹介してまいります。
お知らせどうぞ。

~ CM ~

アカペラと「オン・ザ・ストリート・コーナー」

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、山下達郎 50周年記念 サンデー・ソングブック 増刊号。舌噛みそう。

福岡県のナナさん。

『大学入学で福岡から東京へ上京し、音楽サークルの先輩から達郎さんの「ON THE STREET CORNER」を教えてもらう。
この一人アカペラのドゥーワップが並んだアルバムは今でも色あせない。
同じ頃、当時サタデーだったサンデー・ソングブックを聴き始める。
達郎さんの紹介してくれる音楽はどれも素敵で私の音楽の先生であります。
達郎さんの音楽は私の青春を思い出させてくれる。
元気で続けてほしい。』

よろしくお願いします。

東京都のマサさん。

『高校1年の冬に購入した「ON THE STREET CORNER」でドゥーワップやアカペラの素晴らしさを知り音楽の幅が広がりました。達郎さんのライブのアカペラコーナーいつも楽しみにしています。』

私の「ON THE STREET CORNER」
一人アカペラのシリーズもですね、3枚出まして。
80年、86年、99年と3枚出まして。

コーラスが好きでですね、10代の時から。
で、どんどん、深みにハマっていきますと、アカペラのコーラス、つまり無伴奏のコーラスだけの音楽というのに興味を持ちまして。

なかでもロックンロールの世代ですのでドゥーワップというですね、50年代を中心にしたですね、いわゆるストリートミュージックと言いましょうか。

なんで、アカペラかというと、楽器買うお金がないんですよね。
で、なので声だけで表現するというそういう背景を持ちます。
ですので今のヒップホップとか、そういうところの、まあ、祖先にあたりますね。

それがもう好きでですね。
ですけども当時ドゥーワップとかアカペラとか言っても誰もいませんで、友達がいないので。
しょうがないので一人で多重録音でやっているうちに、そういう作品になってまいりまして。
ライブでご披露してるうちに曲が溜まって作ったのが「ON THE STREET CORNER」という企画でございました。
3枚作りました。
今日はそのオンストシリーズにいろいろリクエストいただいております。

東京都のロージーさん。

『小学校の頃から達郎様のファンになりました。
お小遣いを貯め、お年玉も足してレコードを買うのが大変でしたが、レコード屋さんを物色する楽しさを覚えました。

ある時、海外の街角のモノクロジャケットを見て、これは絶対良いと本能で判断して、帰りの電車賃も使い全財産で買いました。』

すごいな~。

『ルンルンしながら買って帰り、針を落とした瞬間、想像していなかったアカペラに英語で固まりました。
英語は分からなかったけど、1曲目から温かく優しいメロディにお気に入りの1枚になりました。
家族がいない時、一人で聴くのが楽しみでした。』

家族がいない時っていうのがね(笑)・・・

『50周年リクエストなのに達郎様作詞作曲でなくてすみません。
達郎様の英語が艶っぽくて大好きなので。』

全然構いません。

『リクエストは「ON THE STREET CORNER 2」から「You Make Me Feel Brand New」をお願いします。』

スタイリスティックスのカバーでありますが
多分10代後半でお聴きになったんだと思いますが。

大分県の大型急速冷凍機さん。
こういうのラジオネームっていうのかよ(笑)。いじっちゃいけないですね、本当はね。
でも、ラジオネームに慣れてないです私。
初心者です。

『私が小学生のある日、家族で出かけた帰りの車の中でサンデー・ソングブックを初めて聴いた時に、世の中には私の知らない音楽があるんだと強く感じ、それ以来拝聴させていただいております。』

ミラー・オブ・リスナーですね。

『私のリクエストは『Love Can Go The Distance』です。
この曲は私が中学3年の時、あるCMに使われており、どうしても欲しかった私は『ON THE STREET CORNER 3』に収録されていることを知り、買い求めて聴いていたのを覚えています。
この曲は私の15歳、そして高校受験を超えていく力として、相方としていつもそばにあり、そして今もそばにあります。今はそのCM企業ではないですが、同じ業界に就職し充実した毎日を過ごしております。ありがとう山下達郎さん』

今日はすごいお便りたくさんありますが。
「ON THE STREET CORNER」のアルバムはもう全部カバーなんですけれども、たまにはオリジナル作ってみようと思って、ちょうどコマーシャルのオファーが来ましたので作りました。

で、当時は、私の英語のパートナーとしてアラン・オデイというですね、もう亡くなってしまいましたけれども、私の英語曲をほとんど全部作ってくれておりますアラン・オデイが詩を書いてくれまして。

アラン・オデイとの作品はですね、80年代はまだネットはないのでカセットで送って、向こうが歌を入れて返してくれるっていう、そういうものすごく時間がかかる作業だったんですけども。
1999年のこの「ONTHE STREETCORNER 3」の時代になりますと、ネットが出てきたのでデータでやり取りするという時代になります。
ずいぶんスピードアップしたなということが、印象としてあります。

アカペラのリクエストいただきましたので2曲続けてお聴きをいただきたいと思います。まずは1986年、「ON THE STREET CORNER 2」に入っておりますスタイリスティックスのカバー「You Make Me Feel Brand New」。

そして1999年の「ON THE STREET CORNER 3」に入っております、シングルカットもされました。こちらは私のオリジナル作品「Love Can Go The Distance」。
2曲続けてお聴きください。

♪ You Make Me Feel Brand New / 山下達郎
♪ Love Can Go The Distance / 山下達郎

ヨットが疾走するシーンで世界で最もフィットする音楽のひとつ

達郎氏:

2曲続けてアカペラお聴きをいただきました。
「You Make Me Feel Brand New」には長野県の屋根職人の息子さんから。
「Love Can Go The Distance」には千葉県の「マる」さんからリクエストいただきました。
どうもありがとう。

続きまして、神奈川県、令和の達郎ファンさん、13歳中学生。

『山下達郎さんソロデビュー50周年おめでとうございます。
赤ちゃんの頃から親の影響で達郎さんの曲を聴いて育ちましたが、中学生になって自分でそのすごさに気づき、今ではお小遣いを貯めたりおじさんに買ってもらったりして、CDを11枚集めています。』

すごい!

『先日ついに手に入れたアルバム『RARITIES』の1曲目『Blow』を聴いた瞬間の、なんてかっこいい曲なんだという衝撃が忘れられません。
一気に惹き込まれました。
50年の歴史の重みを11枚のアルバムからしっかり受け止めて、これからもずっと聴き続けます』

す・・すごい!

東京都、でんでんさん。

『いつも日曜日の午後にサンデー・ソングブック聴いています。入院した時、コロナ禍の影響で外出も面会も禁止されていて、病室でサンソンを聴いていた時に流れてきました。病室で『Blow』を聴きながら外の風を感じることができた思い出の1曲です。』

「Blow」という曲は、アメリカズカップというヨットレースのですね、テーマソングとして作りました。
で、当時も、申し上げましたけれども、ヨットが疾走するシーンですと、世界で最もフィットする音楽のひとつがこの「Blow」だと思っております。
自信作です。

千葉県のU.Nさん、
愛知県のランニングマシンさん、
神奈川県のともかさん、
栃木県のウガウガさん、
北海道のかおちゃんさん、
福岡県のますけさん、ほかたくさんの方々からリクエストいただきました。

先ほどでコロナ禍の、お話出ましたけれども。
コロナの時代にですね、こちらのほうもなかなか、テレワークで、収録しなきゃなんない時代がありまして。
その時にですね「おうちカラオケ」っていうのをやりましてですね。カラオケでうちで歌って、何曲かやりました。

今日はその「おうちカラオケ」バージョンで「Blow」お聴きをいただきます。
元々は1992年のシングルで、シングルのカップリングで発売しましたが、2002年のアルバム「RARITIES」に入っております。

♪ Blow (2020 おうちカラオケVersion) / 山下達郎

~ CM ~

音楽家としての50年

達郎氏:

「Blow」、2020年おうちカラオケバージョン。
なんか、思い出しますけれど。
コロナの、なんか数年間はいったい何だったんだろうという、そういう、あれですけれど。

続きましてお便り。
京都府、石の上にも3年さん。50歳の方。

『ソロデビュー50周年おめでとうございます。
私が生まれた時から音楽活動をされている山下さんには尊敬の念を抱くばかりです。
私は今の会社に就職してから26年目を迎えますが、やめたいと思うこともたびたびありました。
50年間の音楽活動の中でやめたいと思ったことはございますでしょうか。』

私元々ですね、現役でずっと続けておることができるとは思っておりませんでした。
ライドオンタイムのヒットする前からですね、そんなに長くは続けられないと思っておりましたので。

最終的にはスタッフというか裏方で活動していくと。
できることならば音楽プロデューサーとか、そういう形で残れればいいなと。
そういう形ではなくても例えば、レコード会社のディレクターとかですね、音楽出版社のA&Rとかですね、そういう形で残れればいいと、いう具合にやっておりましたが。

ライドオンタイムがヒットしてもですね、それまで100人も入らなかったのがいきなりベストテンみたいな、それはコマーシャルに出たり、そういうことしたりするといきなりそうなるというね。
まあ、そんなのフロックでしかないなと思って。

相晩ですね、現役退いて、裏方に回るだろうなとずっと思っておりましたけれども。
なぜか50年までですね、現役でやることができました。

でも結果論です。

運不運と言いましょうか、そういう形での、何と言いましょうかね。
いろいろとスタッフに恵まれたとかですね、環境に恵まれたとか、そういうようなことがありましたので、お陰様で、デビュー50周年迎えることができておりますが。

でも20年近くですね、レコード会社の役員とかやっておりまして、最終的には制作エグゼクティブになるんだなと、思っていましたが。
まあ50過ぎぐらいから、もうじゃあこれは一生やるんかなっていう、そういう形になってきましたが。

30代40代はもうそういうことが、全然考えておりませんでしたので、
それは嘘偽りなくそういう、心境であります。
全くありがたいことだと思っております。

いたわりとか寄り添いとかそういう役目が音楽にはある

達郎氏:

お次のリクエスト。愛知県のタカさん。

『達郎さんの曲は好きな曲ばかりなのですが、『REBORN』お願いします。
この曲はガンサバイバーとなり、更年期障害の発症、当時経営していた事業の不振が重なり軽度のうつ状態になっていた時に繰り返し聴いていました。
今では事業も無事整理して気楽にアルバイト生活を送っています。
また10年離れていたオートバイに再び乗って、あちこち出かけています。
まだまだ不安定な世情ですが、お元気で素敵な歌を楽しませてください』

こういうのはやっぱり、ラジオネームじゃないとですね、送れませんね。

静岡県のどこさけきさいんさん。

『祖父が鬼籍に入りました。
私の沈む心に『REBORN』のメッセージは深く深く染み入り、『REBORN』を聴くと時の沈む心が蘇ります。
好きな曲だけど、気軽に聴けない、複雑な立ち位置にある特別な曲です。』

よく分かります。はい。
そういう制作意図ですので、はい。
私もライブでなかなかできませんこれ。ええ。

島根県のバジルトマトさん。

『年を重ねるとそれなりに人や愛するものとの別れが増えてきました。
そのたび、この歌が心の中から湧いてきて励ましてくれています。
今私はその思いで生きている』

「REBORN」映画の主題歌ですけれども。
それを作る時にですね、そうした人間の、生と死、人はどこから来てどこへ行くのかという、これはまあ、人が、誰でもが思うことですけれども。

そういうことをテーマにしてみたいなという意志で作りましたので、なかなか重い歌ですが。
自分では気に入ってるんですけども、なかなかやるのもですね、勇気が要ります。
でもこうやって、お便りをいただくと、作ってよかったなって、思います。

音楽は人を助けることはできませんけれども、こうした心の本当の片隅でですね、本当の心の、隙間を埋めるとかですね、そういういたわりとか寄り添いとかそういう役目が音楽にはありますのでですね。
なるべくそうした、役割を忠実に守れるように作っていきたいと思っております。

たくさんリクエストいただいております。
滋賀県のたけちゃんさん、
北海道のタフィーさん、
静岡県のロンリーカドッチさん、
山形県のケンさん、
静岡県のナナさん、
大阪府のレディトトさん、
東京都のタケマリさん、ほか。

2017年のシングル。
もう10年経つのか、これ・・・
アルバム「SOFTLY」のラストでございます「REBORN」。

♪ REBORN / 山下達郎

~ CM ~

Sante

♪ Sante / 山下達郎

達郎氏:

山下達郎がお送りいたしております、山下達郎 50周年記念 サンデー・ソングブック 増刊号。
だいぶ進んでまいりましたが。

お聴きをいただきましたのは2025年、去年出しましたシングルのカップリングで「サンテ」。
リクエストいただきましたのは、大阪府のオコバホーノさん。

『『サンテ』をリクエストします。
達郎さんの曲たちとの思い出は多くありますが、どれも放送に乗っけるほどではありません。そう考えるとデビュー50周年を超えて今なお新曲を出し続けていることが、私にとって日々更新される最高の思い出になっていくのかなと思いました。
というわけで最新シングルのラストの曲をリクエスト。今後も新曲に期待しています』

ありがたいお便りでございます。
がんばっていきたいと思います。

一発当ててやろうとかそういう下心が全くないんです

達郎氏:

というわけでだいぶ時間も、経ってまいりました。
岐阜県は物忘れアイランドさん。
オノマトペアイランドに引っ掛けてるのかな、分からない。

『中学に上がる頃、まだ音楽に疎かった私が初めて知った達郎さんの曲が『クリスマス・イブ』でした。
歌っているのはヤマタツさんという髪の長いお兄さんらしい。
でもテレビで歌ってる姿を見たことがない。
サンタさんと同じようななんだか不思議な存在でした。
それから30年ほど経ち、達郎さんのライブにたびたび伺うようになり『クリスマス・イブ』を拝聴していると、ヤマタツさんってやっぱり実在しているんだなと、あの頃の不思議な感覚をふと思い出すことがあります。』

なんか、あれですね、背後霊みたい感じですかね、これね。
良くないですねこれね(笑)。

先ほども申し上げましたみたいにですね、ずっと現役を続けていられるとは全く思ってなかった30代40代の頃はですね。
ですので、自分の情報はなるべく抑えていこうという、のが。
で、それで別に、サバイブしてるので、いまさらいいかとか、そういう感じであります。

いつも申し上げておりますけれども、
テレビ出ない、本書かない、武道館やらない、大きなアリーナやらない。
そういう、三大原則でやってまいりまして。
それでまあ、成立してんだから、まあいいだろってそういう。

てなわけであ、そろそろお時間です。
「クリスマス・イブ」。
私の代表曲でございます。
たくさんたくさんリクエストいただいております。

大阪府のミナコさん。

『この曲が出た頃に付き合ってた人からレコードをもらいました。』

多いですねこのパターン。うん!

『なんとピクチャーレコードでした。
レコードに絵がデザインされているのが珍しくて、何度も取り出して眺めていました。
その人とはお別れしたのですが、今でも家にあります。
レコードは私が持っているよと、その人にお伝えしたいです。
当時のことをたくさん思い出す、大切なレコードです』

ただ本名で行かないとね、これね。
でもダメだ。恥ずかしいんだろうな、きっと。

栃木県の月姫さん。

『初めて買ったCDが『クリスマス・イブ』の8cmシングルCDでした。
その曲の発売当時は、CMで流れてて、毎回このCMを見るたび新幹線ホームでの恋人たちのやり取りに胸をキュンとさせたものでした。
私も彼と遠距離恋愛をしていたので自分と重なる思いになっていました。
今でも思い出すと、切なくなる甘酸っぱい素敵な曲です』

で、私は80年代は「夏だ、海だ、達郎だ」って、リゾートミュージックの代表みたいに言われましたけれども。
この「クリスマス・イブ」がですね、ヒットした途端に、クリスマス男になってしまいまして(笑)。俳句の季語で「山下達郎」っていうと夏も冬も通用するというですね、喜んでいいのか、なんだかよく分かりませんけれども(笑)。

1980年代の終わりにですね、JR東海のCMが、大々的に、バブル最盛期の頃ですけれども、私は、若い頃からCM音楽をずっとやっていましたので、そういう関係でですね、この「クリスマス・イブ」が、選ばれまして。
それが自分にとってはですね、全く予想外のヒットとなりまして。

元々1983年に発売された作品で
シングルにも切ってなかったんですけども、せっかくクリスマスの歌なんだから、季節商品で毎年クリスマス時期に、何ていうかピクチャーレコードとかですね、ホワイトビニールとか、そういうようなもので少しずつ毎年意匠を変えて、出しておりましたら、このCMに、起用されてからいきなりメガヒットになりまして。

1989年にはついにオリコンの1位になりまして。
発売されてから1位になった期間が最も長い曲でありまして。
ついに昨年、同一曲のオリコンチャートイン最長記録40年っていうのがですね。
30年の時に1回ギネスもらったんですけども、40年でまたもう1回ギネスいただきまして(笑)。

こればっかりは全く狐に摘まれたと言いましょうかわけわからないのですが。
まあ、本当にこれは、ありがたいというかただただありがたいというか
私の、代表曲になってしまいました。

でもこれも、何度も申し上げておりますけども、クリスマスでヒット出そうとかですね、一発当ててやろうとかそういう下心が全くないんです。
クリスマスソングという純粋にそういう、コンセプトで曲を作ろうと思って、作った曲なので。
出来上がりがこう、自分で人生で、最高に上手くいった何曲かのうちの1曲なので。そういう意味では本当に、ありがたいことであります。

兵庫県のG.Eさん。

『1983年のラジオ番組サウンドストリートだったと思いますが、その中で『MELODIES』・・・』

アルバムね。

『『MELODIES』の特集されましたよね。お金がない私は一生懸命エアチェックしてカセットに録音した『MELODIES』を、父の車でドライブしながらヘビロテで流していました。
車に会社の先輩を乗せて親睦会のソフトボール大会に行く時に『クリスマス・イブ』を聴いた先輩が『この曲良いね』と言ってくれて、自分が褒められたみたいに嬉しかったのを覚えています。笑。なので私にとっては『クリスマス・イブ』といえば年末でもなければJRのCMでもなく、6月の新緑の頃を思い出します。』

たくさんいただきました。
石川県の雪降りさん、
神奈川県のよっこさん、
東京都のカスタードさん、
福岡県のダブルクラッカーさん、
大阪府のじゅんじゅんさん、
茨城県のO.Mさん、
愛知県のスカイベリーさん、
滋賀県のきよりんさん、
東京都のまーくんさん、
そして愛知県のトシヤンさん、
ほかたくさんたくさんいただきました。

「クリスマス・イブ」はですね、こんな具合に長くやっているので、本来のコンサートツアーのほかにですね、「アコースティック・ミニライブ」、難波弘之、伊藤広規、私、山下達郎、3人ライブというのを昔からやっております。

で、サンデー・ソングブックが800回記念を迎えた時にですね、やりました2008年にですね、3人ライブ、アコースティック・ミニライブ。
ここでアコースティックバージョンの「クリスマス・イブ」をやったやつをCD化して、「クリスマス・イブ」のシングルに入れております。
今日はこのアコースティックバージョンでお聴きをいただきます。
2008年の、アコースティックライブの「クリスマス・イブ」。

♪ クリスマス・イブ(アコースティックライブ / ‘08.5.5 東京・浜離宮朝日ホール) / 山下達郎

~ CM ~

エンディング~プレゼントのお知らせ~

達郎氏:

お送りいたしてまいりました山下達郎、JFNスペシャル 2026 山下達郎 50周年記念 サンデー・ソングブック 増刊号、supported by 楽天カード。

いかがでしたでしょうか。

引き続き私、日曜午後2時からのレギュラー番組、サンデー・ソングブック続けてまいりますが。
リクエストメッセージお待ち申し上げております。
こちらのほうは、はがきオンリーでやっておりますので、いまだに。
すみません。

〒102-8080
TOKYO FM、山下達郎サンデー・ソングブックの係。

この、今日の番組、お聴きになった方にプレゼント、差し上げます。
「サンデー・ソングブック 増刊号」のロゴ入りピンバッジ、作りました。
50周年にかけまして抽選で50名様にプレゼントいたします。

この番組の特設サイトから感想を寄せてください。
はがきで受け付けておりませんので、くれぐれもご注意ください。
締め切り5月12日火曜日23時59分です。
https://tfm.co.jp/ssb/

よろしくお願いします。

自分の音楽が皆さんの生活といかに密接に関わってるかというのを実感する2時間

達郎氏:

最後にメッセージを1枚。

石川県のT.Yさん。
この方番組の超常連、サンソンの。

『小学校休んだ日にだけ聴けた『パレード』は大人になって一人暮らしの気分を盛り上げる個人的テーマソングでした。
人生の選択に迷うたび励まされた『いつか(SOMEDAY)』は、今ではたくさんの友人の顔が思い浮かぶ支えの一曲。
嫌なことがあった夜にひたすら聴いた『BOMBER』。
好きな人ができるたびに、きらめきが増した『ドーナッツ・ソング』。
愛犬の旅立ちに口ずさんだ『REBORN』は、彼と歩いた美しい景色を浮かび上がらせてくれる永遠の賛歌です。
私は達郎さんの作る音楽に出会えたことで音楽を聴くことが純粋に楽しくなり、音楽と共にある人生に喜びを感じています。
そして同じように達郎さんの音楽を聴きながら、今も世界中でたくさんの人が日々を生きてるんだなと思うと、誰の人生もがいとおしく思えます。
達郎さんがこの世界にいてくださること、音楽を届け続けてくれること、心から感謝します。
改めて50周年本当におめでとうございます。』

本当に本当にありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。

本当に、リクエストメッセージたくさんいただきまして。
本当に一部しかご紹介できず誠に申し訳ありませんが。

クロージング

達郎氏:

今日は本当にですね、自分の音楽がですね、皆様の生活といかに密接に関わってるかというのを本当に痛感というか、実感する2時間でありました。
ありがたいことであります。

本当に、感無量と言いましょうか。

ありがとうございます。

普段はサンソンが割と、自分とは関係ないやつばっかりやってるので、なかなか本当にありがたいことでありました。
引き続きがんばっていきたいと思います。

本当に、世の中すべてネガティブに傾きがちでですね、こういうラジオなんかでもですね、そういうものが多いんですけども、なるべくそういうもっとポジティブな、感じで、続けていければなと、思っております。

とりあえずサンデー・ソングブック34年に近づいてまいりますが。
40周年、目指してがんばいたいと思いますが。

今年は、何しろ、何を置いても「JOY 2」、ライブアルバム。
数十年嘘つきと言われましたライブアルバム「JOY 2」制作と今年もツアーやりますので。またもうちょっとしたら具体的なスケジュール出ますので、お楽しみにお待ちいただければと思います。

引き続きですね、サンデー・ソングブックもよろしくお願いします。
サンデー・ソングブック次回は5日後の5月10日、日曜日の午後2時、いつもの通りにですね、セイムチャンネルでお届けします。
引き続きお楽しみください。

JFNスペシャル 2026 山下達郎 50周年記念 サンデー・ソングブック 増刊号、supported by 楽天カード。

本日は誠に、ご清聴ありがとうございました。

今週のオンエア曲

15:06 CIRCUS TOWN / 山下達郎
15:13 RIDE ON TIME / 山下達郎
15:22 SPARKLE / 山下達郎
15:30 永遠のFULL MOON / 山下達郎
15:38 マーマレイド・グッドバイ / 山下達郎
15:45 Windy Lady(Live / ‘26.4.12 SGC ホール有明) / 山下達郎
15:55 潮騒 / 山下達郎

16:01 HAPPY HAPPY GREETING / 山下達郎
16:12 YOU MAKE ME FEEL BRAND NEW / 山下達郎
16:16 LOVE CAN GO THE DISTANCE / 山下達郎
16:22 Blow (おうちカラオケ) / 山下達郎
16:31 REBORN / 山下達郎
16:37 Sante / 山下達郎
16:48 クリスマス・イブ(アコースティックライブ / ‘08.5.5 東京・浜離宮朝日ホール) / 山下達郎

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