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山下達郎さん サンデーソングブック 2021年04月18日『極私的 村上ポンタ秀一 追悼 Part 2』(#1488)

サンデーソングブックサンソン「追悼特集」
サンデーソングブック

長崎市のお天気は、土曜日、日曜日もよい天気でしたが、ちょっと気温が低くて、ひんやりします。

今日のサンソン、ポンタさん、あらためてカッコいいドラマーだったのだなぁ、としみじみ感じました。

ということで、このブログでは山下達郎さんのサンデーソングブックの一部を文字お越ししています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。

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冒頭

達郎氏:

また日曜日が雨というのが・・
しかし、なかなかほんとに、暖かくなりませんね。

夜は一桁台ですね、温度が。
なんか、変な陽気であります。

なにしろ、温度差が激しい!
毎週同じこと申し上げておりますけれど(笑)

時々そういうの、4月に雪降ることもありますし。
引き続き、みなさん、お体お大事に。
また第4波とか、そういうのになってきております。

私ですね、ここの1年半ほどの、このウィルス騒ぎ経ましてですね・・
二つだけ、わからないことがあるんです。

あれほど医療先進国とうたわれた日本がですね、なぜにワクチンを独自開発できないのか、という問題と、

あとは欧米に比べて感染者が圧倒的に少ないにも関わらず、医療がひっ迫していると、ずーっと言い続けている。

これは、いったい何だろう。
一年たっても何も改善されないのはなぜ?
この二つが、一番大きな疑問です!

どこのメディアでも、はっきりしたことが、わからないという。
これも不思議なあれですね。
なので、現場で働かれている医療従事者の皆さん、ほんとに大変だと思います。
感謝しつつ、応援申し上げておりますので。
お体、むれぐれもお大事に。
仕事に邁進していただければと思います。
よろしくお願いします。

先週、村上ポンタさんの追悼特集をいたしました。
『極私的 村上ポンタ秀一 追悼特集』
一週間じゃ足りなかったので、2週目に突入しましたが。

先週のサンデーソングブックのオンエアに合わせましてですね、文春オンラインで私のインタビューが掲載されております。

私、間違って「文春ウィークリー」なんて申し上げましたが「文春オンライン」でございます。
わりと長いインタビューでしたので、たくさん、たくさんお便りとメールを頂きました。

おかげさまでご好評いただきまして。
ポンタさんについて、そんなに細かくですね、自分との関係をお話するのが初めてだったこともありますし。

そういうわけでですね、たいへんおかげ様でですね、ご好評いただきました。

今日は、先週とは違って、わりとレコーディングのものを中心にお聴きをいただきたいと思います。
私がかかわっていた1970年代の音源がほとんどであります。

実際に、自分が現場にいたもの。
それから関係各位のレコーディング。
で、あっという間に55分埋まってしまいますので77年から79年くらいまでの、私がシュガーベイブやめてから、「ライド・オン・タイム」でブレイクする直前までの、ポンタさんとの一緒にやった仕事。

それから、その周辺の仕事、そんなようなものを拾って、今週も55分間お楽しみいただきたいと思います。

なにしろ、曲が長いので。
なかなか全部かけられないのが、アレですけども。
駆け足で、ですけれども、少しでもですね、お伝えできればと思います。

日曜日の午後のひと時、本日も村上ポンタさんのすばらしいドラミングでお楽しみを頂きたいと思います。
山下達郎サンデーソングブック、本日も最高の選曲と最高の音質でお届けをいたします。

『極私的 村上ポンタ秀一 追悼特集 Part 2』

でございます。

先週はライブバージョンを多くお聴きを頂きましたが。
私の1978年のライブアルバム「IT’S A POPPIN’ TIME 」の一曲目は、実はスタジオ・レコーディングでございます。
風変わりな曲ですけれども、こういうパターン・ミュージックは、その当時のリズムセクション、

村上ポンタ秀一 ドラム
岡沢章 ベース
松木恒秀 ギター
坂本龍一 キーボード

これのキャラクターがよく出てる演奏になっております。

一人多重録音がですね、当時16トラックのアナログ・テープでしたので、一人多重録音が大変で。
いわゆる、今みたいに、プロ・ツールスみたいに何十トラックもできる時代ではないので。

一回、マルチトラックにミックス。ダウンしまして、リズム隊を。
その空いた14チャンネルに、一人多重の録音をして、どんどん重ねていって作ったという。

当時のノウハウで作った苦心の一曲でございます(笑)

♪ スペイス・クラッシュ(Space Crush)/山下達郎

~ CM ~

♪ Summer Connection(SINGLE Ver.)/大貫妙子

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聞いてよければ、いいんです!

達郎氏

どなたかからお便りをいただいまして
「きょくしてき」ではなくて「ごくしてき」じゃないか、というご指摘がありますけれども。

「きょくしてき」という日本語はないです。
造語です。
どう読んでもいいんですけど。

「ごくしてき」よりも「きょくしてき」の方が、なんかきれいじゃないすか!
鈴木志郎康さんとか、そういう方の時代ですと「きょくしてき」という・・
ですので、私は「きょくしてき」をとります。

もともとは、「きょくしてき」という日本語はないんです。
造語ですので。

いいんです、そんなこと、どうでも・・
聞いてよければ、いいんです!

Summer Connection(SINGLE Ver.)

達郎氏:

まずは大貫妙子さんの1977年、セカンドアルバム「SUNSHOWER〔サンシャワー〕」の先行シングルでございます。
アルバムとはちがうメンバーでやっております。
いわゆるシングルバージョンでございます。

僕は、こっちの方が、アルバムバージョンよりも全然好きなので。
こっちを、今日は。まずお聴きをいただきました。
私の大好きなバージョンです。

村上ポンタさんのドラム
田中章弘さんのベース
キーボードは、坂本龍一さん。
編曲しておりますので、ご自分で弾いております。

ギターが松木恒秀さんと鈴木茂さん、この二人でございます。

さきほどのスペースクラッシュの抑制的なドラムとは打って変わりましてですね。
はっちゃけてる!
・・・古い表現でございます。

恋は流星/吉田美奈子

達郎氏:

文春オンラインの影響か・・
今日、圧倒的にいただきましたのはですね、吉田美奈子さんの「恋は流星」。
1977年のアルバム「TWILIGHT ZONE」からのシングルカットですが。

アルバムとは全然違う別テイクであります。
A面、B面とも別テイク。
別バージョンでございます。

結構レアなので。
今日は、こっちの方をおかけしたいと思います。

村上ポンタさん ドラム
ベースは高水健司さん、大仏さんです。
ギターが松木恒秀さんと大村憲司さんの2ギター
吉田美奈子さん、自分でキーボードを弾きます。

村上ポンタさんのダブル・ドラム
ドラムを2回ダビングしてダイナミックを上げているという。

編曲は、恥ずかしながら私

♪ 恋は流星/吉田美奈子

しかし、スネアのチューニングがすごい!

気に入ってるバージョン

達郎氏:

この時代、私、ポンタさんとレコーディングやった中でですね、気に入ってるバージョンがありまして。
竹内まりやさんのセカンドアルバム「UNIVERSITY STREET」
もともとはシングルで出ました「ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~」ですが。

これのアルバム・バージョンを作ってくれというですね。
そういう依頼を受けまして。
それで集まったメンバーはですね、

ポンタさんのドラムで
岡沢さんが他の仕事でこれなかったので、小原礼さんが来ましてですね。

ポンタさん、小原礼さん
それから松木さんのギター
そいで佐藤博さんのキーボードという

これも、意外と珍しいんです。
でも小原さんのベースが大正解でありました!
とってもいいテイクがとれました。

1979年の竹内まりやさんのアルバム「UNIVERSITY STREET」に入っております「ドリーム・オブ・ユー」のアルバム・バージョン。

♪ ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~/竹内まりや

めちゃくちゃレアな曲

達郎氏:

これは、結構レアなものなんですが。
1977年に、細野晴臣さんがアルファレコードのためにですね、アメリカの女性を一人プロデュースしまして。

アルバムを出す予定だったんですけども。
いろいろな問題がありまして、結局お蔵入りになったまま、いまだに公式では発売されておりません。

プロモーション用のレコードが何枚かあるだけで、めちゃくちゃレアなですね、高値がついております!

細野さん自身はじめ、いろんな人・・
矢野顕子さんでありますとか、吉田美奈子さん
私も2曲提供しております。

そんな中の一曲で、自分で気に入ってたんで、翌年の78年に「GO AHEAD」のアルバムに自分でセルフカバーをいたしました。
でもセルフカバーもへったくれも、オリジナルが発売されていないので、どうしようもないですけども。

「Love Celebration」という一曲でありまして。

詩を書いたのはJAMES RAGANというニューヨークタイムスのコラムニストだそうですけども。
のちに私がやる「Love Celebration」の、これはオリジナルバージョンであります。

村上ポンタさんのドラム
高水健司さんのベース
松木恒秀さんのギターで
佐藤博さんのキーボード

自分の曲なので、編曲は私でございます。

♪  Love Celebration/Linda Carriere

~ CM ~

来週

達郎氏:

『極私的 村上ポンタ秀一 追悼特集 Part 2』でございます。
おかげさまで、文春オンラインのインタビューが、だいたいの事は申し上げておりますので。
こちらは、ひたすらお「音」で勝負できるという・・

来週なんですがですね。

急ではございますけれども。
来週のサンデーソングブックはですね、ゲストに竹内まりやさんを迎えてお届けします。
夫婦放談の番外編でございます。

8月、12月以外でやったの、ほとんど無いんですけど。
突然始まりますが。
すてきなお知らせがございます!

ので、来週、本人から申し上げたいと。
いうことでございますので、来週は突如として「夫婦放談・番外編」をお届けします。
よろしくお願いします。

なので、急遽、おたより、お待ち申し上げております(笑)
すいません(笑)

おハガキの方は

〒102-8080
TOKYO FM 山下達郎サンデーソングブック

メールの方は、 https://www.tfm.co.jp/ssb/

おなじみのメッセージフォームからお願いします。

さぁ、なんだろう!

どうせだったら、レアバージョンを

達郎氏:

ポンタさんはドラマーですけど、インストゥルメンタルもたくさんやっておりますので。
そういうのも、かけようかなと思いましたけど。
とにかく時間がないのと(笑)

例えば松岡直也さんとか、すばらしいテイクあるんですけど。
いわゆるラテン系のやつは、パーカッションがたくさんいますので。
ポリリズムになっておりますので。

こうしたポンタさんが一人でですね独壇場でやってるみたいな、そういうのが少ないので。
今日は、歌のバックのものを中心にお届けしますが。

どうせだったら、レアバージョンをかけようと。

ポンタさんと最初に仕事をしましたのはですね、1974年のことでありまして。
Rene Simardというですね、カナダのケベックの、いわゆるアイドルシンガーです。
フランス語圏のカナダのですね、たいへん人気を博したアイドルシンガーであります。

マネージャーをやってた人が、その後セリーヌ・ディオンのマネージャで。
セリーヌ・ディオンの旦那さんにもなります人なので。
その後、セリーヌ・ディオンのデュオとかですね、そういうのを発表しましたが。

東京音楽祭でグランプリをとりまして。
日本でたいへん人気が出まして。

ライブをやることになりまして。
そのライブのコーラス隊で私たちが参加しました。

私と吉田美奈子さんと大貫妙子さんと
それからシュガーベイブのギタリストでありました村松邦男さんの4人でですね、コーラスをやりまして。

バンドのほうは、

村上ポンタさん、ドラムで
岡沢章さんのベース
松木恒秀さんのギターで
バンマスであります深町純さんのキーボードという・・

そういうラインナップでありまして。
ライブアルバムが出ておりまして。
やっておりますのが、オズモンズの「Yo-Yo」

「Yo-Yo」のフランス語版という・・・げに恐ろしき!
でも、我々がコーラスやっておりますから、間奏のコーラスなんかは、完璧です!

1974年の、これ、渋谷公会堂か大阪フェスティバルホールか、クレジットがないんですけども。
どっちかです(笑)

♪ Yo-Yo (Live)/Rene Simard

47年もたってしまいました。
47年前でもですね、アイドルは変わらないという、そういう感じでございますね。

1974年のライブレコーディング。
ポンタさんの持ち味、よく出てます。
こういう仕事たくさんやって、スタジオたくさんやってですね。

でも、80年くらいから、だんだん、だんだん、そういうところから離れていって。
好きなロックとラテンとジャズと・・いきますが。
まだ若い、20代の頭ですからね!
僕21ですからね、このとき。

ドラムソロ持ってきたんですけど・・・ 

達郎氏:

そろそろお時間でございます。

ほんとは、ドラムソロをですね今日は持ってきたんですけども。
時間がありませんので・・
また次の機会に(笑)

第三者のレコーディングに出たとか、そういうのをおかけする時間が、余裕がありません。
自分が関係したものだけで2週間でも、パッツン パッツンになってしまいますので。

ポンタさんと離れたのは・・

文春オンラインのインタビューでも申し上げましたけれども。

シュガーベイブをやめてからですね「ライド・オン・タイム」でブレークする間の4年近くの間を、このスタジオミュージシャンのメンバーでですねレコーディングとライブをずっと続けまして。
その間を埋めてもらったんですけど。

なんでポンタさんから離れていったかといいますと。
インタビューでも申し上げております通り、スタジオミュージシャンっていう職業はですね、誰でも使えるんです。

ポンタさんが使いたいという人がいればですね、どこでも行けるんですが。
逆に言いますと、自分の音を作ったとしても、その人たちがですね、他行ったら、同じことができるんですね。

ですので、そういう意味では、私はバンド上がりなので自分のリズムセクションいいましょうか、自分の編曲といいましょうか、そういうもので自分の独自性というか、個性を出したいっていう。

特にスタジオミュージシャンの人は、スケジュール押さえとかですね、ギャラの問題とか、いろいろなもので・・
そのころは、そんなにお金がありませんでしたから、こっちも(笑)

ですので、そういう制約がすごくあったので。
そういう人たちじゃなくて、新しい若い、自分ががっぷり四つで一年中やれる、そういうミュージシャンが欲しくてですね。

そうしたアプローチにしようと、思ってたときにですね
青山純と伊藤広規という二人に出会いまして。
この二人で、その後10年以上、一緒にやることができました。

でもその間の、非常に自分としては、修練といいましょうか・・
修行の期間をですね、ああした一流のミュージシャンの、非常に高度なプレイでですね、一緒にできたというのは、ほんとに自分にとってはかけがえのない体験でございます。

特にポンタさんは、先週も申し上げましたけども、分け隔てのない、いろいろな意味でのアドバイスをもらいましたし、最高のドラマーの一人でございました。

たくさんのレコーディングを残しましたから、音は残っておりますので。
歌謡曲から、こうしたバリバリのアバンギャルドなものまでですね、数多い仕事が残っております。

ここから先、こうしたもので偲んでいければなと思っております。

エンディング

心からご冥福をお祈りしつつ、『極私的 村上ポンタ秀一 追悼特集』
2週間にわたってお届けしました。
ご清聴、誠にありがとうございました。

来週は、竹内まりやさん、急遽ゲストで番外編の夫婦放談、お届けしたいと思います。

大阪府池田市のH.Tさん

『とあるテレビ番組で、ポンタさんが演奏前にいつもドラムを蹴っ飛ばして、オレの方がお前より偉いんだぞってドラムにわからせてから叩き出すとおっしゃっていましたが、ほんとうに、そんなことしてたんですか?』

盛ってるんです。

でも、ときどきはやってます・・

今日の最後は、78年の私のライブアルバム「IT’S A POPPIN’ TIME」のラスとの曲でございます。

♪ サーカス・タウン(Circus Town)/山下達郎

今週のオンエア曲

14:05 スペイス・クラッシュ(Space Crush)/山下達郎
14:11 Summer Connection(SINGLE Ver.)/大貫妙子
14:18 恋は流星/吉田美奈子
14:23 ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風~/竹内まりや
14:28 Love Celebration/Linda Carriere
14:38 Yo-Yo (Live)/Rene Simard
14:45 サーカス・タウン(Circus Town)/山下達郎

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