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ヤマザキマリラジオ #22 山下達郎が登場!(初回放送日:2026年10月12日 前半)

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お二人の会話を聴いていると、その映画への造詣の深さに、本当に驚かされます。

達郎さんが『サンデー・ソングブック』で時折披露される映画の話も興味深く聴いていましたが、今回の対談を通して、映画が達郎さんの感性にどれほど大きな影響を与えてきたのか、改めて知ることができました。

このブログではヤマザキマリラジオ #22 山下達郎が登場!(前半)初回放送日:2026年10月12日の一部を文字お越ししています。
誤字脱字は、ご容赦くださいませ。
※本記事の画像は生成AIを使用して作成しています。

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  1. 3度目の登場――山下達郎とヤマザキマリ
  2. 50分のウォーキングと、創作に没頭する日々
  3. 三本線のジャージ、でも下は絶対にジーンズ
  4. 『昨日・今日・明日』から始まる、止まらない映画談義
  5. イタリア映画音楽の知られざる魅力――作曲家の耳で聴く
  6. 戦時下に消えたSP盤――映画と音楽をめぐる時代の記憶
  7. 小津安二郎『一人息子』に映り込んだ『未完成交響楽』
  8. シュガー・ベイブのベーシスト、寺尾次郎が歩んだ映画の道
  9. 映画館だらけの池袋――山下達郎を育てた両親の映画愛
  10. 『リオ・ブラボー』を7回――ジョン・ウェインから始まった映画遍歴
  11. 西部劇が山下達郎をつくった――昭和の映画館とテレビの記憶
  12. 30代最大のカルチャーショック――『人情紙風船』との出会い
  13. 消えゆく無声映画――フィルムをつなぎとめた人々の執念
  14. 幻の映画『香も高きケンタッキー』とジョン・フォードの世界
  15. 無声映画に音楽をつける――作品が別の表情を見せる瞬間
  16. 名曲『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』の原点は1934年の映画
  17. 美女100人が万華鏡に――バスビー・バークレーの映像魔術
  18. ディズニーとダリ、幻の共同作品『Destino』
  19. 映像から音を聴く達郎、音から映像を描くマリ
  20. 映画は不振、アルバムは大ヒット――『BIG WAVE』の舞台裏
  21. ドラマが不振でも主題歌はヒットした――音楽が独立していた時代
  22. 映画『泳ぐひと』の音楽に鳥肌――3日間立ち直れなかった名作

3度目の登場――山下達郎とヤマザキマリ

ヤマザキマリラジオ。今回のゲストはシンガーソングライターのこの方です。

山下達郎:

皆さんおはようございます。山下達郎です。

ヤマザキマリ:

おはようございますって、なんか不思議な響きに聞こえるけど、

山下達郎:

寝てます。はい。(笑)

ヤマザキマリ:

寝てますよね、この時間ね、普通ね。はい、1年3ヶ月ぶり、3回目のご出演でございます。

山下達郎:

3回目だ、もう。

ヤマザキマリ:

はい。もうなんか準レギュラーみたいな感じになっちゃってますけど。

山下達郎:

いや最近はなんかあれですね、そうそうたる皆さんがご出演なさってますね。

ヤマザキマリ:

いや、まあ、だから、ほら、とっかかりは、あの松岡正剛さんがまあ準レギュラーみたいな立場で、でもそれ元より、山下達郎さんから私勧められて、松岡さんがいいよっていうことでお願いしたっていうところ、

山下達郎:

ヤマザキ先生だったらもう松岡先生しかいないでしょう。

ヤマザキマリ:

いやいやいや、何をおっしゃいますか。
もう、でも、もういろんな方に来ていただいてます。
ええ、そんなわけでですね、前回の出演が去年の5月だそうで。

山下達郎:

1年経つんですか。あーはぁ。

ヤマザキマリ:

で、その前、1回目が2023年の5月で。

山下達郎:

ああ、そうですか。

ヤマザキマリ:

毎回大型連休中のオンエアなんですね。

山下達郎:

いや、すいません、なんか。

ヤマザキマリ:

今回もこれ連休なんですよ。

山下達郎:

体育の日ですね。

ヤマザキマリ:

体育の日ですよね。体育ってさあ、なんかします?

山下達郎:

しませんよ。そんな。

ヤマザキマリ:

(笑)

山下達郎:

スポーツ全く無縁です、はい。

ヤマザキマリ:

スポーツ、しないですよね、全くね。

山下達郎:

しません。はい。

ヤマザキマリ:

よかった。私も冒頭でもう全くスポーツに関心ないもんだから。

山下達郎:

ブラスバンドで行進させられてるのと、

ヤマザキマリ:

あー、わかります。

山下達郎:

ライブで3時間立たされてるのと、
そのぐらいですかね。

ヤマザキマリ:

あー、なんか自然に運動しちゃってるって感じですよね。

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50分のウォーキングと、創作に没頭する日々

山下達郎:

あとはウォーキングしてます、はい。

ヤマザキマリ:

ああ、そうですね。

山下達郎:

ええ。あの、レコーディングの時も歩いて帰りますし、リハーサルの時も歩いて帰りますし。

ヤマザキマリ:

え、何分くらい歩くんですか。

山下達郎:

大体50分くらいです。

ヤマザキマリ:

おお。

山下達郎:

どっちも50分くらいです。

ヤマザキマリ:

結構歩いてますね。

山下達郎:

割と。そうするとちょっとね、調子良くなるんですけど。

ヤマザキマリ:

うん。

山下達郎:

あのーずっと、なんか曲書いてて、あのー、ディスプレイに、うん、しがみついてると、だんだん腰があれして。で、30分にいっぺんなんかストレッチしましょうみたいな、そんなんもう全然忘れちゃって。

ヤマザキマリ:

(笑)ストレッチは無理だね。まあ私ももう思いだそうと思うんですけど、気が付いたらもう夜になってるんで、もう寝る時間になっちゃったから、今日もやってないからまあいっかーみたいな。

山下達郎:

没頭しちゃうから。やんないとダメなんですけどね、本当はね。

三本線のジャージ、でも下は絶対にジーンズ

ヤマザキマリ:

本当はね。ええ。でも達郎さんあれですよね、別にウォーキングするからってなんかこうスニーカーにこだわってるとかそういうことじゃないですよね。

山下達郎:

あ、全然です、スニーカーはあんまり好きじゃないんです。

ヤマザキマリ:

そうですよね、確かね。

山下達郎:

いや、あのね、うん、30年くらい前にライブでやってた時にメンバーがジャージをね、うん、プレゼントしてくれたんですよ。
40歳だか50歳の誕生日に。

ヤマザキマリ:

それあの線の入ってるやつですか。

山下達郎:

線の入ってる。でもなんかね、ジャージかぁと思って。

ヤマザキマリ:

似合わなそうですよね、ジャージね。うん。

山下達郎:

で、年取ってきてだんだんめんどくさくなってきて。
その古いジャージを、引っ張り出してきて。それも、それすらも10年くらい前の話なんですけど。
ある日ジャージのメーカーの、そのショールームみたいなのがあって。
僕のジャージ飾ってるんですよ、フロントでね。

ヤマザキマリ:

僕のジャージね。うん。

山下達郎:

僕が着て、全く同じ、ただエンブレムが違うんですよ、古いんで。

ヤマザキマリ:

うん。うん。

山下達郎:

今みんなそれ着てるんですよ、ね。
あ、じゃあこれいいのかなつって最近は。

ヤマザキマリ:

みんなが着るからじゃあ自分も着ようかっていう。

山下達郎:

すいませんね。同調圧力で。

ヤマザキマリ:

いやいや、でも私は最近お会いするといつもあの3本線のジャージを着てらっしゃるんで。山下達郎さんって言うとジャージっていうイメージ。

山下達郎:

いやいや、あんまり嫌なんですけどね。

ヤマザキマリ:

ええ。嫌だと言いながら着てますもんね、ずっとね。

山下達郎:

若い頃にはなんかああいうこう、なんていうの、芸能界の大御所みたいな人が運転手さんの車から降りてくる時みんなジャージです。

ヤマザキマリ:

いいじゃないですか。

山下達郎:

じゃ、なんかいやなんですね。だから下はいやです。上はよくても。
下はいやです(笑)下は絶対いやです。

ヤマザキマリ:

下は履かないんですかじゃあ。

山下達郎:

下は、下はあれです、ジーンズです、ちゃんと。

ヤマザキマリ:

なるほど。

山下達郎:

はい。

ヤマザキマリ:

こだわりです。ジャージへのこだわり。

山下達郎:

(笑)

ヤマザキマリ:

でもスニーカーは履かないってね。難しいですよ、山下達郎式のコーディネートはなかなか一筋縄じゃないですからね。

山下達郎:

すいません。

『昨日・今日・明日』から始まる、止まらない映画談義

ヤマザキマリ:

いいんですよ。私あのさっき、あの映画の『昨日・今日・明日』っていうあの

山下達郎:

はい。アルマンドさんですね。

ヤマザキマリ:

デ・シーカの、そう、映画。見たことあります?

山下達郎:

ありますよ。

ヤマザキマリ:

有名な映画ですね。

山下達郎:

有名ですね。

ヤマザキマリ:

マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンのもう金字塔、カップル金字塔のね。

山下達郎:

CMにも使われましたからね、日本の。

ヤマザキマリ:

はい、もう私この映画大好きで大好きで。
もうアルマンド・トロヴァヨーリ私の中で天才作曲家だと思ってるんですけど。
今日はですね、まああの秋といえば芸術の秋に入るのかどうかわかりませんけど、とにかくほら、我々映画が好きじゃないですか色々と。

山下達郎:

そうですね。昔の映画ですけどね。

ヤマザキマリ:

最近の映画も全然見ませんけど。最近の映画といえばあれだ、『オデュッセイア』を。
あの、あれしましたけれど。

山下達郎:

ええ。今日この、ねえ、あの、ヤマザキマリラジオ、うん、あれなので、『オデュッセイア』見とこうと思ったんだけど。

ヤマザキマリ:

一回が長すぎる時間ですよね。うん。

山下達郎:

ダメでした。すいません。

ヤマザキマリ:

ゆっくり見てください。多分あれはロングランでまだね、ずっとやってると思うんで。

山下達郎:

はい。

ヤマザキマリ:

いいんですけど。

山下達郎:

私あのー、あのー、小学校の時に買ったノンフィクション全集がハインリヒ・シュリーマンだったんで。

ヤマザキマリ:

おー。

山下達郎:

ええ。そういうことね、知ってる人が見に行くと面白いですよ。

ヤマザキマリ:

あー、そうですね。達郎さんと私はもうどっちかっていうと、その映画の話がいつも盛り上がってしまうので、あまりに脱線するんで、あの達郎さんのファンクラブにこの、最近あれですよね。「ミュージシャン山下達郎と映画音楽」というちょっと連載、本当はこれ私の「達郎さんライブツアー逍遥録」といってですね、ライブツアーの記録を書くためのエッセイの枠なんですけど、ずっとここでこの映画音楽の連載をしてますけど。

山下達郎:

そうですね、はい。

ヤマザキマリ:

面白すぎちゃって、

山下達郎:

そうですね。

ヤマザキマリ:

はい、もうこうやって記憶にやっぱりこうとどめておかなきゃな、もったいないなみたいなのがあるんで、はい。えーそんなわけでちょっと、今日は映画音楽。

山下達郎:

少し、抑制してません?あのスピード。しゃべるスピード。

ヤマザキマリ:

だってこの間怒られたじゃないですか。

山下達郎:

いや怒っ、怒ってるわけじゃないですよ。ええ。

ヤマザキマリ:

達郎さんとの回の聞いた後にすごいなんか、なんていうか、あんたねえ、ちょっとねえ、だめだ。

山下達郎:

あんたねえなんて言ってませんよ私。ねえ。

ヤマザキマリ:

でもそういうような感じで私印象を得ましたよ、そういう印象を。
なんか気を付けますって言って、あのー落ち着いて喋るようにいたします。

山下達郎:

いや、あの、そのぐらいだと、なんかあれですよ、普通って感じがしますね。

イタリア映画音楽の知られざる魅力――作曲家の耳で聴く

ヤマザキマリ:

いやでも今映画の話になり始めたら変わるから大丈夫です。
はい、今まだあの助走です。
そんなわけで、ええと最初は、そのアルマンド・トロヴァヨーリから始まりましたけれども、アルマンド・トロヴァヨーリは達郎さんはご存知。

山下達郎:

うん、名前は知ってますけど、そんなにたくさん造詣があるわけじゃないです。

ヤマザキマリ:

でもイタリア映画と言えば。

山下達郎:

作風が変わってるんですよね、あの人ね。あのコード進行というか、あのやっぱり、ちょっとあの変な、変なコード進行使うんですよね。

ヤマザキマリ:

うん。そうですね。

山下達郎:

だから勉強になっちゃうんです、はい。

ヤマザキマリ:

だけど、あのルスティケッリとか、アルマンド・トロヴァヨーリとか、皆さんその、ほら、ネオレアリズモとか、『鉄道員』とかああいうの見るけれども、音楽のことまで誰がやってるのかまで、なかなか日本だと見ないじゃないですか。

山下達郎:

そうですね。

ヤマザキマリ:

でも、やっぱりあのネオレアリズモのもう素晴らしい映画を支えていたのは、そういった作曲家たちなわけですけれども。
あんまりね、フィーチャーされることがないのがもったいないなと思って。

山下達郎:

オタクがいなかったってことでしょ。

ヤマザキマリ:

そうかなあ。
でも例えばアメリカ映画とかだったらどうなんですかね。
アメリカ映画だったら例えば話題になるじゃないですか。

山下達郎:

アメリカはだから何でもそういうのプロモートの、素材にしますからね。
でやっぱりミュージカルの、要するにアメリカンスタンダードみたいな歴史の中間で、の方が先で。後から映画が出てきたから、そこにざーっとなだれ込んで、またそれが倍加されるっていう。それレコードが出てきて、それでこうメディアミックスうまいからアメリカは。

ヤマザキマリ:

うんうん。うんうんうん。そうだね。

山下達郎:

ニューメディアができたらもうそれをあのオールドメディアとくっつけて。

ヤマザキマリ:

うん。でも映画を通じて、例えばああいう『田園交響楽』なんかていうのは、ああいうドイツ語の、何歌ってるか分からないけど、みんなわーって映画館で見るわけじゃないですか。
それでなんかこの曲聴きたいわと思ったところで、なかなかね、ラジオでかけてくれるわけでもないしね。

山下達郎:

そうですね。

ヤマザキマリ:

そう。でそうすると多分日本のあの映画制作をする人たちがあれと似たようなもの作ろうみたいな感じになったり。

山下達郎:

まあだか日本語でやり直してみたりね。

ヤマザキマリ:

うんうん。

山下達郎:

で、だけど電蓄の普及、で、あの、SPで聴けたんですよ。
だかそういうんでみんな聴いてましたからね。だ、クラシックだってちゃんと戦前からSPでベートーベンだろうがモーツァルトだろうが、ねえ、リストだろうが聴けたわけだから。音は悪いけど。

ヤマザキマリ:

でもお金がある人しか聴きませんよ、SP盤持ってる人。

山下達郎:

まあ、まあね。うん。でも電蓄の普及率っていうのがやっぱり昭和になってから爆発的に伸びたでしょ。

戦時下に消えたSP盤――映画と音楽をめぐる時代の記憶

ヤマザキマリ:

あ、そうですね。ちなみにうちのおじいさんは、ほらアメリカにずっと長く住んでたじゃないですか。って山のようにSP盤持って帰ってきたんだけど。その鵠沼に住んでた家が結局海軍かなんかに接収される時に、全部燃やさなきゃいけなくなっちゃって。

山下達郎:

敵性音楽だ。

ヤマザキマリ:

そうなんです。お風呂の焚き付けにしたって言ってましたね。今日は音楽風呂だーって言って入ったって、やけくそで。

山下達郎:

昔のテレビドラマでね、あのやっぱり音楽聴いてたら「貴様何やってる、敵性音楽を!」って、それベートーベンだったっていうね、シャレにもなんないっていうね。

ヤマザキマリ:

あーあーあー。そうなんですか。

山下達郎:

うん、だ、だからドイツ系のものは、なんたって同盟国だったから、あのたくさん映画も入ってきましたし。

ヤマザキマリ:

イタリアもよかったんかね。同盟国だから。

山下達郎:

そうですよ。うん。そうですよ。

ヤマザキマリ:

ふーん。それ以外とかはやっぱり排除されたんですかね、アメリカは。

山下達郎:

アメリカはだかそれを『風と共に去りぬ』とかああいうの全部戦後に入ってきて。あっちは戦前での映画だけど。

ヤマザキマリ:

『オズの魔法使』とかもですか、あれ39年ですけどね。

小津安二郎『一人息子』に映り込んだ『未完成交響楽』

山下達郎:

そうです、はい。そうです。うん。で、あの、小津安二郎はあの南方へ行ってアメリカ軍が残してったフィルムを見たんだよね。
それの影響はものすごく大きいっていう戦後の。

ヤマザキマリ:

あ、あの、書いてありましたね、小津さんの自伝に。なるほどね。
でもね、いや、あの、小津さんと言えばさ、あの、『一人息子』っていう映画があるんだけど、『一人息子』の中に、田舎からやってきたその一人息子のお母さんを連れて映画館に行くっていうシーンがあって、そこで『未完成交響楽』がかかってて、映画のね。
それをじーっとこう見てるっていうシーンがあって。なんでこのシーンだけこんなに長くかけるんだろうと思ったけど、

山下達郎:

多分あれは大ヒットしたんです、あの映画。

ヤマザキマリ:

あー、そうなんですね。
達郎さんのお母さんが好きな。

山下達郎:

あー。「この恋が終わらぬごときこの曲も終わらない」っつうやつですね。うちのお袋がとにかく一番好きだった。

ヤマザキマリ:

そうなんだね。

山下達郎:

マルタ・エゲルトが歌ってるね。
「私に告げよ」って。

ヤマザキマリ:

ただその映画の中ではその、飯田蝶子が、演じてるおばあちゃん、寝ちゃうんですよそれ聞きながら。

山下達郎:

あー。あー。

ヤマザキマリ:

カックン、カックンってね。いいシーンなんですよそれが。

山下達郎:

なるほど。

ヤマザキマリ:

そう。でもあれを見て結局、あ、なんかその小津を見に行ったんだけれども、『未完成交響楽』を見てしまうっていう不思議な入れ子状態の映画。

山下達郎:

穿った見方ですけど、それでプロモーションしてるとも

ヤマザキマリ:

ありますね。

山下達郎:

考えられますね。

ヤマザキマリ:

そうですね。

山下達郎:

だからそういうのってあるじゃないですか。

ヤマザキマリ:

あります。

山下達郎:

だから今で言うところのコラボですね。

ヤマザキマリ:

そうですね。タイアップですね。

ヤマザキマリ:

だけど今更『一人息子』なんかみんなほとんど見ないっすよ。

山下達郎:

まあ、フィルムセンター行くと見ますけどね。

ヤマザキマリ:

フィルムセンターまで行かないと見れないじゃないですか。

シュガー・ベイブのベーシスト、寺尾次郎が歩んだ映画の道

山下達郎:

もうね、昔からね、それは無理なんです。
あの、これでもね、ビデオとかDVDが出るようになってから随分広がったんですよ。
昔はそういうの見ようと思ったら本当にフィルムセンターに並んで見るしかなかったんで。
あの、いつも言ってますけど、僕シュガー・ベイブやってた時に、あの、ベーシストだった寺尾次郎っていうのがいまして。
彼は、あの、映画ファンで。今日、明日ちょっと休ませてくれって。
「何すんだ」って「いやフィルムセンター行くんだ」っつってね。

ヤマザキマリ:

ほー。

山下達郎:

で、それであいつはバンド辞めて、ヘラルド、あ、言っちゃだめだ。

ヤマザキマリ:

うんうん。

山下達郎:

映画の配給会社に就職して。だから坂本君の、

ヤマザキマリ:

坂本龍一さんのね、うん、うん。

山下達郎:

坂本君なんかその時代からずっと、あの、知り合い、知り合いっていうか仲良しだったから。彼の『戦場のメリークリスマス』を担当したの。

ヤマザキマリ:

あの、字幕を担当してらっしゃったんですよね。フランス語字幕を全部やってたのがシュガー・ベイブで初期の頃にベーシストだった寺尾さんだったって。ね、そう。なかなかすごいですね。

山下達郎:

それこそ、あの、フランス映画をすごくたくさんやったけど、中国映画もね、結構やってるんですよ。もう亡くなりましたけれども・・・

ヤマザキマリ:

へえー。その人がシュガー・ベイブにいたっていうのはすごいですね。

山下達郎:

だけどシュガー・ベイブやってる時は一言もそんな話なかった。

ヤマザキマリ:

へえー。でも私その方が初期のシュガー・ベイブでベース弾いてるの見たことあるけど、なんか違うオーラ出してるんですよね。
なんかすごい文学オーラ出てる人で、「なんだろうこの人」って見ててちょっと気になりましたけど、やっぱり、やっぱりそういう人だったんだって。

山下達郎:

変わり者ですね。

ヤマザキマリ:

うーん。さすがシュガー・ベイブの歴史にそんな側面があったとは。
でも、その彼とは全く映画の話をしたことはない?。

山下達郎:

後で、あの、90年代入ってね、あの、何回か会った時にそういう話はしたことあるけど。
あの、彼もう完全にフランス映画の人だったんで。で、僕どっちかって言うとほら、西部劇でしょ。

ヤマザキマリ:

うんうん。それで、なんで西部劇だったんだっていう話に前なりましたよね。

映画館だらけの池袋――山下達郎を育てた両親の映画愛

山下達郎:

あー、僕生まれ育ったのが池袋なので。

ヤマザキマリ:

うんうん。

山下達郎:

で、うちの父、母は、あの、池袋で商売をやってたんです。

ヤマザキマリ:

ええ。

山下達郎:

で、とにかく映画が好きだったんで、夫婦で行かないんですよ。
別々に行くの、2人とも。

ヤマザキマリ:

面白いな、それ。

山下達郎:

1人で見るんだって、2人ともね。

ヤマザキマリ:

面白いね。それなんでですか。その感想が

山下達郎:

いや、やっぱり集中して見たいから。

ヤマザキマリ:

あー、なるほど。

山下達郎:

あの、行ってポップコーン食べながら2人で喋りながらって大嫌いなの。

ヤマザキマリ:

でも2人で行って黙ってじーっと見ればいいじゃないですか。

山下達郎:

そういうんじゃないの。

ヤマザキマリ:

あ、違うんですね。集中できないんですね。

山下達郎:

集中できない。

ヤマザキマリ:

隣にいると色々なことを考えてしまうんでしょうね、きっとね。

山下達郎:

たぶんね。それで、あの頃の映画館って、とにかく、あの、今みたいに例えば1時に始まるって言ったら1時に行って見るんじゃないんですよ。途中から入るのね。
で、もうとにかく映画館っていつも満員だから。で、半分くらい過ぎたところで立ち見して。
それで入れ替える時に開いたところに座って、それでもう1回最後まで見て帰る。

ヤマザキマリ:

あ、でも私も子供の時そうでしたよ。昭和はそんな感じでした。ずっと繰り返しやってるから。

山下達郎:

そうでしょ。昭和の映画鑑賞ってそうだったですからね。下手すりゃあの、通路の階段で座ってみるっていうか。

ヤマザキマリ:

だか何回でも見られる。何時間でも映画館にいられるっていうのがありましたよね、昔はね。
それに両親が言ってたのに連れていかれるわけですね。

『リオ・ブラボー』を7回――ジョン・ウェインから始まった映画遍歴

山下達郎:

そうです、一緒にね。それで一番見た映画『リオ・ブラボー』っていうね、あの、ハワード・ホークスのね、ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、リッキー・ネルソンですけど。親父4回、お袋3回で7回行かされた。

ヤマザキマリ:

(笑)なんでそんなに『リオ・ブラボー』が好きだったんだろう。

山下達郎:

いや、ジョン・ウェイン好きだったんでしょうね、うちの親父は。

ヤマザキマリ:

ああー。ジョン・ウェインだったら別に『リオ・ブラボー』だけじゃなくて

山下達郎:

いやもう『アラスカ魂』、『マクリントック』、『駅馬車』もう、あの、戦争ものから何からよく見ましたよ、本当にジョン・ウェインだけはね。

ヤマザキマリ:

ああ。あれが好きだったのかな、ジョン・ウェインとあの女優さん、えっとオハラ。モーリン・オハラ。モーリン・オハラのあのカップリングがなんか見てて楽しかったとか。

山下達郎:

ジョン・ウェインだったら何でもよかったんじゃないですか?

ヤマザキマリ:

そうなんですかね。

山下達郎:

あともうあの、西部劇ね、あの、B級でもなんでも、『ウィンチェスター銃’73』とかね。

ヤマザキマリ:

うんうん。西部劇だったら何でもよかった。

山下達郎:

何でもよかった。まあいや、映画だったら何でもよかったんですよね。

ヤマザキマリ:

うんうんうん。でもフランス映画嫌いだったって言ってたよ。

山下達郎:

うん。そうそう。だからフランス映画ほとんど見てない。

ヤマザキマリ:

へえー。うちの親と逆ですよ、だからうちの母親もとにかくフランス、ドイツ映画。フランス映画「もう本当にシャルル・ボワイエが好きなのよ」とかね。
だから「ジェラール・フィリップよ」とかそんな話ばっかりしてたから。ジョン・ウェインと対極じゃないですか。
ジェラール・フィリップとジョン・ウェイン。もう地の果ての彼方みたいなぐらい違いますよね。

山下達郎:

だからやっぱり刷り込みってのは恐ろしいもんでね、ジョン・ウェインが亡くなった時に、「ああ俺はやっぱり人生で一番ジョン・ウェインが好きな俳優だったんだ」ってことに気がついて。

ヤマザキマリ:

うん。

山下達郎:

そっから猛烈にジョン・ウェインのコレクションを始めて。

ヤマザキマリ:

うん。

山下達郎:

それで行き当たったのが『コレヒドール戦記』っていう名作で。

ヤマザキマリ:

え、ごめんなさい、じゃあジョン・フォードっていう監督自体に対する関心もジョン・ウェインから入っていった。

山下達郎:

そうです、『駅馬車』ですね。

ヤマザキマリ:

あ、元々ジョン・フォードから入ってってジョン・ウェインじゃない。

山下達郎:

違います。ジョン・ウェインから入って『駅馬車』です。あ、『駅馬車』から入ってジョン・フォードです。

西部劇が山下達郎をつくった――昭和の映画館とテレビの記憶

ヤマザキマリ:

あー。なるほどなるほど。ふーん。面白いっすね。あの、達郎さんと私ってだいたい14歳ぐらい違うじゃないですか。私の頃は子供時代は、もうすでにテレビで映画をやってたんですよ。

山下達郎:

あーやってましたね、はい。

ヤマザキマリ:

で、土曜のだいたい昼は西部劇なんですよ、絶対に。

山下達郎:

ああー。

ヤマザキマリ:

だからなんか土曜の午後っていうとなんかセルジオ・レオーネか、わかんない、ああいうとにかく西部劇の音楽が頭の中にこう焼きついていて。

山下達郎:

ああ。

ヤマザキマリ:

ジョン・ウェインをその、ひたすら土曜の午後に見るっていうね、なんかそういうイメージがすごく強いです。

山下達郎:

うちの親父はもうマカロニ・ウェスタンに関しては非常に否定的で。

ヤマザキマリ:

ああ、やっぱりヨーロッパだからっすよ。

山下達郎:

西部劇じゃねえっつって。

ヤマザキマリ:

ヨーロッパの息がかかってると全部ダメだったのか。

山下達郎:

いやいや。でも意外と嫌いじゃなくて僕なんかはね。

ヤマザキマリ:

うん。
あれなんか一生懸命頑張ってアメリカ風に作ってるわけですよ。セルジオ・レオーネなんて。

山下達郎:

あの、鉄砲の音がやたらでかかったりとかね、そういう。

ヤマザキマリ:

なんか思想信条がちょっとヨーロッパ的な感じがするんでしょうかね。

山下達郎:

わかりませんけどね。でもやっぱりね、テンポが違うんです。

ヤマザキマリ:

テンポが違うとかね。うん。

山下達郎:

で、うちの親父はね、だから「日曜洋画劇場」とかあるじゃないですか、あれね、テレビのね。
あれをずっと見てるとね、必ず「これ見たな」って。

ヤマザキマリ:

(笑)大体全部見てんじゃないですか。大体来たものは全部見てる。

山下達郎:

暇だったんでしょうね、本当ね。

ヤマザキマリ:

うん、いや、暇ってか、でも素晴らしいなと思う。今みたいにスマホとかね、なんかこうやってこう見ながら過ごすよりは、やっぱり映画の方が私はどんなにやっぱり人格構築に大事かなと思う。

山下達郎:

池袋はもう池袋は正月三が日開いてんの映画館だけですからね。デパートも休みだし。
だからみんな映画行くんです。映画館だけでだってもう片手、両手ぐらいありましたからね、池袋。

ヤマザキマリ:

すごいなー。映画の、だから需要っていうのが今とは、ま、今ももちろんあるけど、テレビはないでしょ。でこんな動画も見れないでしょ。だから何見るって言ったらやっぱり映画しかなかった。

山下達郎:

そうですね。映画ですね。そう。1960年ぐらいまではもう映画の方が圧倒的でしたからね。

ヤマザキマリ:

だってあの頃の子供たちってウエスタンごっことかしてたもんね。なんかカウボーイハットかぶってさ、拳銃持ってた。うん。

山下達郎:

そうですね。いやあの、それがやっぱりテレビに直結するんです、『ローハイド』とかね。

ヤマザキマリ:

うんうんうん。

山下達郎:

『ライフルマン』とかああいう方に。

30代最大のカルチャーショック――『人情紙風船』との出会い

ヤマザキマリ:

うんうん。でもね、まさか西部劇が山下達郎を作ったっていうね。だか前にもそういう話したけど、ものすごく意外だなって思われる方もいると思うんだけど。
だけど私は、だから達郎さんが、私もね、だから自分古い映画大好きだけど、ずっと封印してたんです、話し相手がいないんで誰とも。1人もいないんで。

山下達郎:

ヤマザキ先生の、ええ、年で、ええ、あの、その映画の趣味はね、それ友達いないです。私のドゥーワップと同じです。

ヤマザキマリ:

だから高校時代に伊藤大輔見たいみたいなああいう映画とかね、誰もいないからそんな話できる。

山下達郎:

ご安心ください。僕の伊藤大輔だって誰も友達いませんから。

ヤマザキマリ:

(笑)いやあ、なんで伊藤大輔にいくんだっていう話なんですよね。

山下達郎:

だからレンタルビデオです、全ては。あれまでは見れなかったんですよ、そういうものがね。

ヤマザキマリ:

うんうんうんうん。

山下達郎:

それでいつも言ってますけど、蓮實重彦先生の、

ヤマザキマリ:

雑誌の連載ね。はい。

山下達郎:

山中貞雄の『人情紙風船』っていうのが書いてあって。

ヤマザキマリ:

うんうんうん。

山下達郎:

それを日比谷のレンタルビデオ屋で「あ、これ、この間蓮實重彦が書いてあったな」っつって、それ見て、これがもうね、30代最高のカルチャーショックで。

ヤマザキマリ:

あー。いろんなとこでおっしゃってますよね、それね。うん。

山下達郎:

で、伊藤大輔は、その隣にあったのが、伊藤大輔の『大江戸五人男』ってやつで。

ヤマザキマリ:

おー、素晴らしい、『大江戸五人男』。

山下達郎:

伊藤大輔は不幸なことに、とにかく代表作の『丹下左膳』とかほとんど現存してないんですよ、見れないの。

ヤマザキマリ:

無いからね、見つからないから。

山下達郎:

で、だか名前しか知らないけど、これなんだろうなって思って。これがまたね、もうね、完全に、何回も

ヤマザキマリ:

いや、だか私達郎さんと本当に会って間もないぐらいの時に、その『大江戸五人男』みたいな話になって、「なんで知って、」で私がほら、あの、「伏見直江って女優が大好きで」って言ったら、「なんでそんな女優知ってんだ」って話になって。
私こんな名前出したの40年ぶりなんですけど、みたいな話になってね。

山下達郎:

なんで伏見直江を知ってるかって(笑)

ヤマザキマリ:

だからその『丹下左膳』を見て。
だから『御誂治郎吉格子』(おあつらえじろきちこうし)も見て。素晴らしい女優だと。

消えゆく無声映画――フィルムをつなぎとめた人々の執念

山下達郎:

あれはあの、大河内傳次郎の、と伊藤大輔の、全盛期の、完全に残ってる数少ないフィルムなんですよ。あれは、活動弁士の人がフィルムをかき集めて、戦後ね、色んなとこ回って、それで台本とあれ自分の記憶を頼りに繋いだんですよ、あれ。
そういう個人的なね、やっぱりあの、努力がね、今

ヤマザキマリ:

だから、そうやって現存しない映画が多すぎちゃうと、映画っていうのも割ともう瞬間芸術じゃないけど、なんかずっと残りそうなものだけどやっぱり化学反応起こしたの当時のフィルムなんてのやっぱりもう全然燃えて自発的に燃えてなくなっちゃうんですよね。

山下達郎:

だからヤマザキ先生がいつも言ってるように、日本の文化って結構要するにその使い捨ての、浮世絵、漫画みんなそうですけど。

ヤマザキマリ:

うんうん。そうですね、残すためにないから。うん。

山下達郎:

ないから。大衆芸術みんなそうじゃないですか。でだから映画も全くそういう感じで、封切ったらセカンド・サード、ボロボロになるまで使い倒す。

ヤマザキマリ:

でもそれを言ったらですよ、ジョン・フォードだって昔の映画ないのに山のようにあるから。

山下達郎:

いや。だからアメリカはまだアーカイブするんですよ。

幻の映画『香も高きケンタッキー』とジョン・フォードの世界

ヤマザキマリ:

いやだからそれを達郎さんが見つけてきて、「おいこれあったぜ、あれあったぜ」って、すごいなんかあの、『香も高きケンタッキー』だっけ、あんなの絶対見ることないと思ってた1920何年ですよ。

山下達郎:

おそらくね、あれ全部個人蔵なんですよ、元々。うん。

ヤマザキマリ:

あ、そうなんだ。うん。感動しましたよ、あれ見た時。

山下達郎:

『香も高きケンタッキー』ね。

ヤマザキマリ:

そう。あのね、馬の映画なんですけど、馬しか出てこないんだけど、馬が擬人化して素晴らしい映画なんですよ。
ジョン・フォードさんって人はね、馬が大好きで。人間より馬が好きすぎて多分西部劇を撮った人じゃないかと思うようなもんなんです。
こんなマニアックな話してていいんですか、このラジオ。ずっとこう、あの映画好きの人しかわからない話をしてるような気がするんですけど、大丈夫ですかね?

山下達郎:

いい、大丈夫です。

ヤマザキマリ:

そう。でもそれ山下さんが見つけてこられて、「ありましたよ」って言って、よく見つけてきたなと思って。すごいね。それを言い出したら今度、もうとことん古い映画見てやろうスイッチが入っちゃって、『イントレランス』とかまでいったじゃないですか。

山下達郎:

あーそうですね。うんうん。

ヤマザキマリ:

急に『イントレランス』見たく、見たくなってきたみたいな感じになって。

山下達郎:

そうですね。はい。凄かったですね。

無声映画に音楽をつける――作品が別の表情を見せる瞬間

ヤマザキマリ:

凄かったですね。うん。でもあの頃のやつはほら、音楽も何も入ってないから。なんだけな、私なんかジョン・フォードの西部劇だけど音が入ってないやつに私が勝手に何かクラシック音楽を当てて「達郎さんこんな風にしてみました」って送ったら「いまいちだな」って言われて(笑)
「却下されたことがあったな、そういえばな」って。

山下達郎:

フィルムセンターでそういうサイレント映画を見に行くとですよ。本当に音入ってないんですよ。

ヤマザキマリ:

うん。

山下達郎:

しーんとしてるの皆見てて。時々、あの、年寄りがたくさんいるから、「グワーッ」。

ヤマザキマリ:

(笑)何しに来たんだ?

山下達郎:

そうするとどっかの親父が「いびきうるせぇ!」
「そっちの方がうるせぇ!」

ヤマザキマリ:

だからね、サイレントに音楽つけてみると、やっぱりね、物語性が深まるっていうことが分かって、私はだから達郎さんがくれるその無声映画に、自分で音楽をつけることにちょっとはまっちゃってね。
あの自分でしか見てないんだけど。

山下達郎:

だからあの、『メトロポリス』とかヴァンゲリスとかみんなそういうパターンじゃ。

ヤマザキマリ:

そうそうそう。

山下達郎:

最近ほら、坂本頼光さんってね弁士の方いて、あの方、あのそういうの積極的にやってらっしゃるから。

ヤマザキマリ:

あー、坂本頼光さんね。うん。そう。いやこんなに奥が深まるんだと思ってね。だからそれぐらい実は映画に対して音楽っていうのが
大事だってことなんです、ことなんですよ。この辺でちょっと一曲聴こうかっていう話なんですけど。

山下達郎:

まだ聴くんですか。

ヤマザキマリ:

ぐわーってきて、いやだから今、西部劇、西部劇っていうからなんか達郎さんのこの、西部劇じゃなくてもいいんですけど。

名曲『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』の原点は1934年の映画

山下達郎:

あのですね、私『ON THE STREET CORNER』っていうアカペラのアルバムを、出してるんですが、それに入ってる『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』という曲があるんです。でこれはですね、我々が、知ったのは1959年のフラミンゴスというシカゴのドゥーワップのグループがありましてね。それが大ヒットさせた曲なんです。
でこれの、あのオリジナルっていうのもね、1934年の『Dames』っていうね、日本語題が『泥酔夢』っていうんですけど、これで『デイム』っていう当て字らしいんですけど。

ヤマザキマリ:

『泥酔夢』、泥に酔う夢。はい。

山下達郎:

これ『Dames』って言うんですけど、えっと、当時のあのミュージカルのイケメン俳優のね、ディック・パウエルっていう人がいて。

ヤマザキマリ:

はいはいはい。有名です。

山下達郎:

この人が、あの、女の子を口説くので歌ってるその映画の中の、あれなんですけども。こんなものね、あの、1986年に私『ON THE STREET CORNER 2』でこれを、あのやった時なんか『泥酔夢』というこの映画の名前しか知りませんよ。

ヤマザキマリ:

うん。

山下達郎:

見たことも聞いたこともない。これがね、最近あの、

ヤマザキマリ:

バスビー・バークレーも知らない。

山下達郎:

もちろん知りませんよ。それでバスビー・バークレーは後で言いましょう。で、

ヤマザキマリ:

そうですね、はい。(笑)

山下達郎:

もうね、脱線してるから。

ヤマザキマリ:

すいません。もうどんどんあふれ出てきてしまうんでちょっと抑えながらいきましょう。はい。

山下達郎:

これが、なんとこれがDVDで向こうで出るようになったんですよ。
もうね、今日はだからそれのオリジナルサウンドトラックもあるんです。
それを持ってきましたんで。ええ、シーンの途中で彼女、あの船の上で彼女を口説く、ところでこの『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』歌うんですけど、これとにかくもう、あの、空に星が出てても月が出てようがね、街のど真ん中のあの混んでるところでも君しか見えないんだって。「I ONLY HAVE EYES FOR YOU」というね。
だけど僕のバージョンはそのフラミンゴスのバージョンに非常に忠実にやってるんですけど、これがオリジナルトラックなんですよね。
これがなかなかまた興味深いという。本当に短い、あの映画中の短いシーンですから聞いてみてください。『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』1934年映画『Dames』。

♪ I ONLY HAVE EYES FOR YOU

ヤマザキマリ:

はい、『I ONLY HAVE EYES FOR YOU』をお送りいたしました。達郎さんが歌ってるのと全然違う感じですね。

山下達郎:

そうです。

ヤマザキマリ:

達郎さんが歌うとなんかこう神聖な、なんかこう本当心して聴かないとなんかダメだみたいな感じでちょっとあのステージで歌ってるのを聴くじゃないですか、みんな。これなんかこうチャラチャラしてますね。

山下達郎:

チャラチャラしてますよ。

ヤマザキマリ:

チャラチャラ、チャラチャラ。「君しか見えないんだよー」みたいな。

山下達郎:

主演のディック・パウエルのこの相手役のルビー・キーラーっていうね、この人もまあ有名な人ですけどね。

ヤマザキマリ:

はい。ルビー・キーラーはだからバスビー・バークレーの映画といえば彼女っていうね。うん。うん。

美女100人が万華鏡に――バスビー・バークレーの映像魔術

山下達郎:

でそのね、バスビー・バークレーっていう人はね、要するにそのミュージカル映画のそのシーンの構成者なんですけども、100人単位の女性をですね、美女をずらっと並べて、数限りないミュージカル映画をやった人。
これ自体は、監督が違うんですけど、ミュージカルシーンだけこのバスビー・バークレーってのがやって。で、バスビー・バークレー最近ハマっちゃっててね、この数年間。

ヤマザキマリ:

私もですけどね。はい。

山下達郎:

それで、なんとこの『Dames』ってこの映画がバスビー・バークレーが、後半にミュージカルシーンをやってるなんてことは夢にも思わなくて、見て「あー」って言うね。

ヤマザキマリ:

あのね、あのネタもこのネタもバスビー・バークレーから取ったんだっていうのが山のようにありすぎて、私なんかほら『トムとジェリー』が好きじゃないですか。『トムとジェリー』の中に出てくるようなものだったりとか、その後の例えばリバイバルのミュージカル、例えば『雨に唄えば』とか、あのシーンが実は『フォーティセカンド・ストリート』もそうだけど、バスビー・バークレーが土台になっちゃってるんですよね。
それどういうシーンかっていうとそのさっき100人ぐらいの美女がって言ってたけど、ただ並んでるじゃなくて、集合体の万華鏡みたいな感じで動かしたりとか、あと何ですか、あの、

山下達郎:

見ないとわかんないですね。

ヤマザキマリ:

わかんないですね。シンクロナイズドスイミングを100人単位でやらせるみたいな。もう無茶苦茶、私絶対あのなかで具合悪くなる人何人もいたと思うんですよ。

山下達郎:

あれの前身のあのジーグフェルドって人がいてね。あの、それのまあ後継者と言われているようなあれですけどね。

ヤマザキマリ:

そう。でもね、皆さん、それが見たくて行くの、映画館に。
バスビー・バークレーと行ったら絶対にエンターテインメントとして、その映画のストーリー性よりも、もうきらびやかなその万華鏡を覗いてるような、それこそ達郎さんが好きなあのディズニーのあの『ファンタジア』みたいな、『ファンタジア』だって私影響受けてると思うよ。バスビー・バークレーから。うん。

山下達郎:

大恐慌の後のね、アメリカのもうどん底のそういう経済状態の中でやっぱり「どうしようか」つってエログロナンセンスいくっていうそういう。

ヤマザキマリ:

そう。だから第二次世界大戦の後にハリウッドがものすごいそういったミュージカル映画をたくさん出すじゃないですか。フランク・シナトラとかジーン・ケリーとか。あの流れに似てますよね。

山下達郎:

うん。そうです。

ヤマザキマリ:

あの時のバスビー・バークレーっていうのは要するに大恐慌でもうみんな貧しくなっちゃって、本当に人生に希望がないっていう時に、「とんでもない」って言ったあの華やかな世界観をこう演出した。

山下達郎:

ベトナムの後の『スター・ウォーズ』ですよ。

ヤマザキマリ:

うん、そうですね。

ディズニーとダリ、幻の共同作品『Destino』

山下達郎:

ずっと不勉強で知りませんでしたけど、あの、『ファンタジア』の時代にね、えっと、ディズニーとあのダリが組んでアニメを作ろうっていう話があって。

ヤマザキマリ:

うんうん。

山下達郎:

『Destino』っていうやつなんだけど。

ヤマザキマリ:

「運命」ですね、スペイン語で。うん。

山下達郎:

それが45年に起草されたんだけど結局途中で挫折して、それが、あの、『ファンタジア2000』っていうのを作った時に、それの原型が発見されて、それで2003年に6分のその『Destino』っていうのができて。

ヤマザキマリ:

ほう。

山下達郎:

去年まで知らなかった。それDVDで手に入れたんだけど。

ヤマザキマリ:

それはどんな内容だったんですか。

山下達郎:

あの、ダリアっていう女の人が、そのダリのシュールなそのオブジェの中で、こう、悩むという。

ヤマザキマリ:

うんうんうん。

山下達郎:

まあ6分の短いヤツですけど。

映像から音を聴く達郎、音から映像を描くマリ

ヤマザキマリ:

でもダリっていうのは、ほら、レコードジャケットにもなったりとか、当時割とその音楽的なセンスをかなり触発するような多分作風?あれを見てると何かこう音楽が湧いてくるじゃないけど。あのなんだっけあの人、シャンペン・ミュージックの人。

山下達郎:

ジャッキー・グリーソン。

ヤマザキマリ:

ジャッキー・グリーソンもそうじゃないですか。ジャッキー・グリーソンのジャケット、ダリが描いてますからね。うんうん。達郎さんの曲で、ジャケットやイメージ先行のものはありますか?

山下達郎:

ジャケットやイメージ先行?

ヤマザキマリ:

画像からなんかイメージしてこんな音楽が湧くなみたいな。

山下達郎:

僕CMが長いので、だからCMの映像をもらうわけですよ。で、昔は、映像をもらえなくて、絵コンテっつって、こういう紙に絵が描いてあって、それで15秒30秒ってのがあって、「はい車乗って、私あれよ」とかさ、そうやって「手を振る」「ここでボールが飛んでくる」「ここでエフェクト入れてください」みたいそういうやつで作ってましたけど。
それで作ってたのが、今度はビデオがあってフィルムが先行して「こんなのです」みたいのがあって。

ヤマザキマリ:

最近達郎さんさ、「僕はその音楽から画像イメージはしない」みたいなことおっしゃってたんですよ。画像があってそこから音楽がイメージされるって言って、「じゃあ私と反対ですね」って。私は音楽聴いてるとイメージがどんどん湧いてくるから、「面白いね」って話になった。

山下達郎:

音楽作ってる人間なので、なんというか構造にいっちゃうんですよ。
だから「コードが違う」とか、「ここの積み方がなんかすごいな」とか、だからあの、アルマンドさんなんかなんかだと、「なんでこのテンションがこうなってんだろう」とかそういうのになっちゃうんです。
だからあの、そういうこう音のないもの?映像で、フィルム、動画でも静止画でもいいんですけど、そういうものを見ると、音がやっぱり喚起されるっていうか。

ヤマザキマリ:

だからそれ正反対なんですよ。私逆に例えばダリとか、デ・キリコを見てて、じゃあ音楽が湧いてくるかって言うと、逆に「あこれどうしてこんな絵の具使ってんだ」とかだから、そう、「あこれなん、なんかどうしてこんな筆の走らし方してんだ」っていうから、そこから音楽が出てくることないんだけど、音楽聴いてるとみるみるいろんなイメージが出てくるっていうね。

山下達郎:

だから、あの、よく言いますけど、新しいアルバム出ると何で聴けないかって言うと、もう細かいとこまで全部聴こえちゃうの。自分で作ってるでしょ。僕編曲もやってるんで。
だから歌手の人はね、まだいいんですよ。編曲人がやってるから、そんなに入り込めない。うん。どんなに、あの要するにスコアリーディングできたとしてもそんなには入り込めないけど、特に打ち込みとかになってくると、僕から見たらコンボだから楽器の数少ないから、だからもうほんと細かいところまで全部見えちゃうから。

映画は不振、アルバムは大ヒット――『BIG WAVE』の舞台裏

ヤマザキマリ:

あれですよ、だから私が漫画雑誌を見ててペラペラめくれないのと同じ。「あ、こういう展開ありか、なるほどこのコマ割り3段でいいんだ」みたいな風にして見ちゃうから全然楽しめないすよ漫画。
お互いそれぞれの職業がやっぱりこう根付いちゃってるからなかなか楽しみ方も違ってくるってことだけど、初体験みたいな話ですね。初体験みたいな話ですけどね。でもどっちにしても私たちは映画も好きであれば映画音楽も好きなわけだから、映画を聴けばあの音楽よかったねっていうね、ことなんですけど。
と言いながらですよ、達郎さんだって1984年に出した『BIG WAVE』。あれはサーフィンドキュメンタリー映画のサントラですよね。

山下達郎:

そうですよ。はい。

ヤマザキマリ:

あれは完全に映像を見ながら「こうしよう」っていう、じゃないの?

山下達郎:

いや、あれはあの私の音楽ありきで作った映画です。

ヤマザキマリ:

あー、そうなんですか。なるほど。

山下達郎:

プロモーションビデオですあれは。はい。

ヤマザキマリ:

じゃあ音楽があってそこに映像をつけたってやつか。

山下達郎:

そうです。ええ。あれは、あの、あれです、計略、会社の。放送で言っていいかわかりませんが、そんな話ばっかりですが、映画は大コケしたんですよあれ。

ヤマザキマリ:

あ、そうだったの?

山下達郎:

そうです。でレコードは売れたんです。前代未聞ですあれ。

ヤマザキマリ:

それどういうことでしょうね。

山下達郎:

ええ、やっぱり出来です、映画の。

ヤマザキマリ:

ね、一応ね、でもね、『BIG WAVE』買った人は、「え、どれどれじゃあ映像も見に行こう」っていう風にならなかった人たちもいたってことだよね、じゃあ。大コケしたってことは。

山下達郎:

そうですね、ええ、そうです。あの弁護するわけじゃないですけど、映画が欲出して海外に売ろうとしたんですよ。

ヤマザキマリ:

ああ、それで失敗しちゃったんだ。

山下達郎:

当時の、えっと、規約で、92分以上ないとね海外売買できないのかな。

ヤマザキマリ:

うんうん。

山下達郎:

で70分しかなかったの。

ヤマザキマリ:

短いですね。

山下達郎:

で70分のサーフィンムービーにしとけばコンパクトだけど結構ちゃんと、したサーフィンムービーになったんだけど、それをやれ、なんだっけスケボーだの、あの持ってきて、つけたんです。

ヤマザキマリ:

あー、あれいらないなと思って私見た時思いました。

山下達郎:

つけたんです。そうなんです。それがダメだったんです。

ヤマザキマリ:

欲を出すとろくなことにならないっていうことのね。

山下達郎:

だから、だけどアルバムはあの全然問題なく。

ヤマザキマリ:

今あの映像見られるんすかね?

山下達郎:

DVDで出てますよ。

ヤマザキマリ:

そうですか。あの気になる方はぜひその余計ないらないなっていうシーンも含めて見ていただきたいんですけど。でもスケボーのシーンとかこれ何の意味あんのみたいな。

山下達郎:

そうです。それで、あのブレイクダンスとかね、あの頃ちょっと流行り始めてたそういうの入れるからそのブレイクダンスの曲を作れとか言われて。うん。後からでっち上げましたけどね。

ヤマザキマリ:

よかった、じゃあ私は知らないでね旅立っちゃったんで。

山下達郎:

そうです。だからあれ純粋にあの音だけで楽しむあのアルバムなんです。

ヤマザキマリ:

そうか。そうやって売れない場合もあると。でもそれはね、多分ね映画史上初めての現象じゃないかと思いますよ。

ドラマが不振でも主題歌はヒットした――音楽が独立していた時代

山下達郎:

ドラマでもレコード売れたけどあのドラマはこけたっての僕あるんですよ。

ヤマザキマリ:

へえ。だそれ何ですか、ちなみに。

山下達郎:

えー言えません。

ヤマザキマリ:

言えません?

山下達郎:

それ、それの打ち上げでそのプロデューサーが「ドラマの担当の諸君、恥を知れっ!」つって。「レコードの皆さんありがとうございました!」つって。

ヤマザキマリ:

うわあ、辛辣や!

山下達郎:

今は絶対にない。あの視聴率取れないドラマの主題歌がヒットするなんて絶対ありえないけど。

ヤマザキマリ:

ありえないですね。

山下達郎:

その頃はね、それがあったんですよ。

ヤマザキマリ:

連動してないっていう、勝手に自分たちが捉えたいように聞いてた主題歌があったってことですよね。

山下達郎:

まだ音楽っていうものが、あのそういう独立性を保ってた時代。

ヤマザキマリ:

うんうんうんうん。

山下達郎:

ですね。うん。

ヤマザキマリ:

あの、でも分かる気がするな。例えば『スター・ウォーズ』組曲を聴きながら別の話をイメージすることはできないんですけど、例えば私はアルマンド・トロヴァヨーリとかカルロ・ルスティケッリを聴きながら自分の新しい話を作ることはできるんですよ。

山下達郎:

ああ。

ヤマザキマリ:

だからそれっていうのは多分そのしがみつきがないっていうか、こう抱き合わせとしてのあれが、うん、それほどひどく。多分ね『BIG WAVE』もそうなんだと思う。うんうん。そういうことだと思う。なくたって平気な独立した自立してる音楽なんですよね、きっとね。はい。前半の締めに1曲行ってくださいっていう話なんだけど。

映画『泳ぐひと』の音楽に鳥肌――3日間立ち直れなかった名作

山下達郎:

『泳ぐひと』かけますか?

ヤマザキマリ:

あ、もう『泳ぐひと』!見た時私ね、3日間立ち直れなかったすからね。
『泳ぐひと』はそれこそ私知らなくて。あの時代のだいたいまあアメリカン・ニューシネマだいたい見てるかなと思ってたんだけど、なぜか『泳ぐひと』知らなくて。それ達郎さんに「知らないのかい」って言われて観たら、

山下達郎:

マーヴィン・ハムリッシュ。

ヤマザキマリ:

マーヴィン・ハムリッシュ。素晴らしくて、もう立ち直れない。

山下達郎:

マーヴィン・ハムリッシュの映画デビュー作なんですよこれ。

ヤマザキマリ:

そうだったんだ。いやこのバート・ランカスター凄すぎて
もう観た後ぼやーっとそのまま何も考えられない。

山下達郎:

これ元々原作の小説があるんですよね、短編のね。

ヤマザキマリ:

で何と言っても音楽。いまだに音楽想像しただけで鳥肌立ってくるこのうわーって。

山下達郎:

これのやっぱりタイトルバックの頭の音楽これ本当にオーケストレーション素晴らしいですね。

ヤマザキマリ:

素晴らしいですね。で私に言わせてみると、この『泳ぐひと』のサントラも聴きながら別の物語を考えられる音楽。うん、完全に独立しているというかね。

山下達郎:

なるほど。

ヤマザキマリ:

じゃあ。

山下達郎:

描く機能、やっぱり。

ヤマザキマリ:

そう、描く機能の、ええ、描く機能にとっていい刺激の音楽。

山下達郎:

このCDはなかなかいい音してましたよね。あのかなり最近出たやつなんで。ずっとあのアナログ盤しかなかったんでね。

ヤマザキマリ:

なるほど。

山下達郎:

自分の番組アナログ盤かけてました。これ何年か前にCDが出たんですよ。

ヤマザキマリ:

おお、素晴らしい。私は自分の念願成就することができて嬉しいです。
というわけで聴いてみましょう。えー『泳ぐひと』のテーマ。

♪ 映画『泳ぐひと』のテーマ

ヤマザキマリ:

映画『泳ぐひと』のテーマをお聴きいただきました。
もうこれ聴き入ってしまって、もうずっとこう鳥肌が立ったまま、素晴らしい映画を作っていた時代があったんだなと。ね、新しい映画もそれいいですけど。私ね、自分が生まれたぐらいにできてる映画どれも全部好きなんですよ。
あのぐらいに、だから達郎さんぐらいの年齢だったらよかったなと思うことが多々ありますけれどもね。

山下達郎:

遅く生まれてきたんですね。

ヤマザキマリ:

ちょっとね

山下達郎:

遅れてきた少女。

ヤマザキマリ:

いや何だったらもっと前でもいいんですけどね。
あの『御誂治郎吉格子』(おあつらえじろきちこうし)ぐらいの時代でもよかったんですけど。ええ。まあいいです。
今こうしてテクノロジーの進化によって色々聴くことも見ることもできるんでありがたい話でございます。
というわけで、前半が終わってしまいそうです。
はい、じゃあ後半はあれですね、達郎さんの新しい新譜の話をしつつ、また映画の話をしていただければと思います。はい、よろしくお願いします。

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